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菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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「99%のためのフェミニズム」ブックトークのご案内

 ひと仕事が終わり頭がぼうっとしているところです。お元気でお過ごしでしょうか。
 いろいろ腹が立つこともあったので近々また投稿しないといけないなと思っています。とはいえ今日はあの知る人ぞ知る「グレート・コンジャンクション」です。地の時代から風の時代へ。私の名前の一字の時代が終わるようで残念ですが(笑)、風という移り変わりやすいものが中心化すると社会もますます不安定化しそうですね。
 ところで前にも紹介しました『99%のためのフェミニズム宣言』刊行を記念して、ブックトークを行うことになりました。
 
【菊地夏野×栗田隆子】今、「99%のためのフェミニズム」を夢みる(『99%のためのフェミニズム宣言』(人文書院)刊行記念トーク)

 日 時:2021年1月29日(金)開場18:30/開演19:00
 会 場:Readin'Writin’BOOKSTORE(東京メトロ銀座線田原町徒歩2分)
 参加費:1000円

会場参加は満席になったのですがオンライン配信は募集中ですのでご興味持っていただける場合はぜひ下記のバナーからお申し込みください。

栗田さんとのトークは2回目になります。前回も楽しくお話できました。栗田さんもこの本をとても推してくれているのでふたりでじっくり相談して臨みたいと思います。

本当に良い本なのでなんとか広めたいです。最近日本でも、反資本主義とかレフトなどの盛り上がりが起きていますがジェンダーの視点はどこまで共有されているでしょうか・・・。ジェンダーやフェミニズムの視点がなければ本当の変革にはなりません。この本を読めばわかるはずです。

 
            




# by anti-phallus | 2020-12-22 17:07 | イベントの案内

ナンシー・フレイザー、コロナ下でのインタビュー「お互いをケアすることは本質的な仕事である」

 ナンシー・フレイザーがこの4月に発表したインタビュー記事を訳しました。ソーシャル・ディスタンス下でコロナとケアについて論じています。これまでフレイザーが論じてきた社会的再生産論をもとに、現在のコロナ危機をどのようにとらえるかがメインのテーマです。
 原文はこちら。




 コロナ禍が巻き起こって、知識人や思想家からどのような社会批評や分析が語られるのか見てきましたが、まずは監視の危険性に警鐘が鳴らされました。各国政府がグローバル大企業とともにコロナを利用して市民を統制し監視を進めるのではないかという不安があるからです。同時に監視の危険に自由を対峙するのでは、感染リスクの高い脆弱な人々を守れない、という批判も生まれました。弱い人々こそ管理により安全の恩恵を得るからです。その結論として、ケアの価値を再発見すべきだという論調があります。

 ですがそれを読んでも、どうも相変わらず男性知識人がケアを称揚しているようにしか見えず、気分が乗りませんでした。ケアは女性的なものとして称揚されますが、実際の負担は女性に課され、安価あるいは無償で担わされます。単にケアの価値を観念的に言うのではなく、実際の社会的配置、経済的意味を含む政治として分析しなくては何も変わりません。

 今世界がこんなにもネオリベラル化していなければ、医療機関が十分に公的援助を得ていれば、ひとびとがみな公的健康保険を得ていれば、また社会が経済より人命と健康を優先する体制であれば、コロナによる被害の規模も大きく変わったでしょう。ケアは単にケアのみではなく、社会全体の構造の中で考えなくてはいけないのです。

 また、フェミニズムの論者がコロナについて論じる時、家庭内の女性の負担が増えたことをのみ強調する傾向もあります。わたしはそれも物足りなく感じていました。ケアは家庭内のみではなく、社会のあらゆるところで、女性たちによって営まれています。そのこと全体を論じなければ、相変わらずの家庭と会社の性別二元論を乗り越えられません。

 フレイザーは、コロナ禍を、このようなケアを軽視して利用するネオリベラリズム、資本主義を見直し、変革する機会として考え直そうと呼びかけています。ロックダウンはされなくても、いまだコロナに生活を制限されている日本の私たちにとっても、あるいはアメリカと違って国民皆保険が(まだ)ある日本だからこそ、読む価値があると思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


お互いをケアすることは本質的な仕事である

コロナウィルスが私たちにケアの価値を示しているとき、理論家ナンシー・フレイザーはより社会主義的なフェミニズムの未来を想像するよう求める

2020年4月7日

2016年、ドナルド・トランプの選挙の数ヶ月前、ニュー・スクールの哲学と政治学の教授であり著名な批判理論家ナンシー・フレイザーは、この国は「ケアの危機」に直面していると論じた。ケア・ワークは、フレイザーは「社会的再生産」としてより広く定義しているが、子育てや友人や家族への気遣いから、コミュニティを共同させる社会的つながりの維持まであらゆることを含んでいる。フレイザーは、私たちすべてはそのようなケアに毎日頼っている事実にもかかわらず、私たちの資本主義社会はこのような種類の仕事を低く評価し、そのために少ししか支払わなかったり、当然のことと見なしたりして、後にそれをますます困難にしていると論じている。

感染爆発下で、ケアワークの本質的な性質はより明白にされた。もう私たちのビルに来られなくなった子守や清掃業者によって影で行なわれていたその仕事の価値は、今突然、それなしで生きるよう試みるときになって明白になった。公教育制度からスーパーマーケットまで、私たちが普通は「ケア」と定義しないインフラは今やそのようなものであることが明らかだ。今までは存在にも気づかなかった、見知らぬ者同士の間での相互の助け合いのようなつながりが今や私たちの生命線(ライフライン)だ。だがフレイザーの視点では、私たちはこのシステムがいかにそのような仕事を軽視しているかもまたわかる、それが教員や家事労働者の不安定な条件であれ、エッセンシャル・ワーカーたちがすぐに仕事を行えるための普遍的な子育て支援の欠如であれ。

VICEは社会的孤立の中バーモントの自宅でスーパーの配達を待っているフレイザーに電話した。コロナウィルスがやって来る前から、私たちはこのケアの危機の中にいたが、フレイザーはこの感染爆発を、私たちの資本主義社会の過ちを照らし出す「またたくフラッシュ」のようだと言った。ケア労働の新しい可視性、この現在の瞬間から学べること、また彼女がコロナウィルス以後のより社会主義的なフェミニズムの未来に可能性を見出しているかどうかということについても語り合った。


-------あなたは私たちが長い間「ケアの危機」の中にいると論じてきました。その危機と、この感染症がそれを強化する方法について語ってもらえませんか。

以前私が言ったことは、資本主義社会において、無償だったり、しばしば見えにくいケア経済のすべての側面に対して深いバイアスが存在しているということです。資本、それは我々の社会における巨大な権力の中心であり、その絶対的に必要なケア労働に支払うのを避けようとすることをそのDNAに装備しているようなものです。それはその活動の果実を自由に享受しようとします、例えば誕生し、育てられ、教育を受けた労働者を。それは、例えば労働者が翌日会社に戻る前に休息し補給する家庭生活のそのすべての利益を、支払うことなく欲します。資本主義の歴史における階級闘争の大きな側面はケア労働をめぐるものであり、誰がそれに支払うかということでした。

私が言いたいのは、私たちの近年の資本主義の形式、多くの人々がネオリベラル資本主義と呼ぶものは、コロナ以前からの、この種のケアの危機の「パーフェクトストーム(最悪の事態)」だということです。一方で、それは女性たちを、若い未婚女性だけではなく全ての女性たちを、強力に支払われる労働力へ動員します。同時に、金融セクターの全ては、政府に、彼女・彼らが遠回しに緊縮と呼ぶ方法を設定するために社会的支出を削減するよう大きな圧力をかけます。

そのため今や、女性はより多くの時間を賃労働に捧げることを期待されている一方で、政府の支出は、ひょっとしたらたるみを引き締めるだろう社会的支援をますます減らしています。さらに、純利潤の倍増にもかかわらず実質賃金が下降していることを付け加えることができます。それはあらゆる世帯が、世帯を養うための同等の収入を得るだけのためにより長時間の賃労働を求められることを意味しています。これは正念場だともいえます。このような状況下で誰が支払われないケア労働を供給するのでしょうか?私たちはコロナよりずっと以前から社会的再生産セクター全体の大きな苦境に立っています。


---------では現在の展開をどのように見ていますか?

ある意味コロナは、私たちが負う莫大なコストを示しています、社会的再生産の支払われない費用を。それは少なくとも何十年間も蓄積されています。公共の健康のインフラへの投資の減少についての問いも含めて、何十年間も関心も費用も注がれませんでした。そのことが今現在、とても重大なのです。危機が頂点に達しつつあり、今や爆発しそうです。

既にコロナ以前からケアの危機に直面しているのは、社会的再生産へのこの不十分な投資と、利潤志向のセクターへのより多くのエネルギーと資源と人間の能力の傾注のためです。ネオリベラリズムの時代におけるコロナウィルスは、社会主義フェミニズムによる社会の再組織化のための絶対的な責務を示す教訓です。それは災害資本主義という考え方に新しい意味合いを与えます。この災害は外部から来たもので、資本主義はそれをうまく取り扱えないということではないのです。それは災害そのものです。


---------資本主義下におけるケア労働はその不可視性により定義されます。ですが、コロナウィルスはあらゆる者を社会的に孤立させるため、子どもは学校から家に送られ、家事労働者は仕事に来ず、家族は家にいなければならない。今やすべての人々がケアの義務に向き合わなければなりません。この感染爆発を、ケア労働がこれまでになく可視化される時だと思いますか?

そう思います。あるいは少なくとも大部分はそうでしょう。人々の生活の中身や、家庭をやりくりしているこれらの条件に注目させるでしょう。理論上は今家にいる人々はケア労働の家庭での前線のための時間があります。ですが他方では、すべての物を消毒したり、在宅教育や、普通は家にいない子どもたちの相手をするといった全くの新しい負担があります。多くの人々は在宅で仕事をし、なんとかやりくりしています。さらに、普段なら24時間共に過ごしはしない人々と制限された空間にいることを含む、誰もがさらされているストレスのレベル、それとこれもケア労働の一部である心配事を加えることができます。

ケア労働の他の側面は、このような家庭内の家族に関わる事柄にのみ定義すべきではないということです。公共の健康のシステム全体もまたケアの一部です。スポットライトは、それが過少投資によって悪化することが許されてきたこととその方法に当てられています。したがって、私はケア労働を、洗濯などだけではなく、広く教育、健康、普段は家庭外で公的な雇用者によって行われていたすべての機能を含めて定義します。

健康の領域は、私たちが健康の支援について狭く考えていたという意味で、全く新しい種類の可視性を集めています。誰が健康保険を持っていて誰が持っていないのか、誰が病院に行けて誰が行けないのか、誰が中絶にアクセスできて誰ができないのか、私たちは考え続けています。けれども私たちが今目にしているのは、インフラ面であり、それは病院やクリニック、個人の防護装置、換気装置を含みます。これらすべてはケアを可能にする物質的なインフラの部分ですので、普段ケアを行うと考えられている人々ではなく、サプライチェーン(供給網)が動くよう維持しているすべての人々のことです。

ケアが可視化されただけではありません。私たちは、生産と再生産があまりに絡まり合っているため、この物質的なインフラなしには私たちはケアできないことを目にしつつあるのだと私は考えています。そして、それが利潤向け生産システムに基づいて組織されている程度まで、あらゆる種類の巨大な不合理性があり、それはケアの必要性に関してサプライチェーンの崩壊の原因となります。それが私がこれらすべてのことから得た最も重要な洞察です。特に私たち社会主義フェミニストは、ケアの重要性についていつもいやになるほど指摘してきました。あなたの言ったことは正しい、確かにそれは明白になりました。ですが私はこのことの他の側面を目にしていると考えます。生産システムがケア労働に依存しているのではなく、ケア労働が生産システムに依存しているのです。この瞬間に、そのことが、これら全てが資本主義の利潤志向システム下で展開するという意味で鍵となる障害であり不合理性です。


---------そしてそれはヘルスケアを超えていますね。

その通りです。食料システムを回転させ、汚染されないように維持することや、誰がエッセンシャル・ワーカーで誰がそうでないのか、こういったこと全てが本当に、社会主義フェミニズムの分析を必要としています。


---------いくつかの州では、現在、スーパーマーケットの労働者をエッセンシャルな職員として、彼女・彼らに無料の子育て支援を提供し始めています。彼女・彼らの仕事が突然価値あるものとみなされたとき、その子育て支援やヘルスケアのような彼女・彼らへのケアの必要性も同様に認められたのです。これらのことから、資本主義下でケアが機能するあり方について何が言えるでしょうか?

ここには多くの学ばれるべき教訓があり、特定のケースというよりも広く応用することができます。スーパーの労働者に関する特定の例をあげてくれました。コロナウィルスの条件下では誰もが、なぜ彼女・彼らの仕事がそれほど不可欠であり、彼女・彼らがその仕事を行えるように子育てなどを含むどんなことでもしなくてはいけないことを理解しています。このフラッシュの中で明らかになったことです。すべての理解を照らし出しています。けれど鍵となる問いは、どのようにこの照らし出した灯りを広く用いるかということです。

この最悪の状況を克服した後、私たちはどうすべきでしょうか?学んだことを理解し何か重要な社会的変化につなげられるでしょうか?なぜ私たちは不可欠でない仕事を人々にさせているのかということです。そもそもなぜ私たちは不可欠でない仕事をしているのか、なぜ休暇を取らないのでしょうか?なぜ人々が行うすべてのことが不可欠であるように構想されていないのでしょうか、さらになぜ子どものケアは全員一律に入手可能な明らかなこととして当然視されているのでしょうか?これらはあなたが学べるレッスンであり、またもちろんこれらの異端でスキャンダラスでラディカルな考えを抱いた多数の左翼があちこちでしばしの間、存在しました。そのグループに、バーニー・サンダースを入れましょう。これらの人々は今、より多くの聴衆を得ています。危機に関するひとつのことは、人々に箱の外部を考えさせることです。有害で役に立たないことが余りに明らかな古いブロマイドを頼りにしてはいけません。だからこのような時代には、とてもラディカルな考えにより多く耳が傾けられるのです。すごいことです。そして、私たちすべてがその機会に応え、共に考え、新しい社会、別の側から生まれる新しい方法のためのある種のビジョンを発展させるよう挑戦することが重要です。これが進むべき道であると、より広い層に納得してもらう戦略が必要です。


---------新しい理解に関していえば、ある人々は核家族ではなく、隣人や友人、他人からの相互の援助に頼っています。これはケアを、必ずしも家族の単位に結びつけられる必要のない、市場の測定基準を超えて価値のあるものとして再定義できる局面と言えるのでしょうか?

コロナウィルスより前も、その間も、おそらくその後も、現実にはケアは決して私的な家庭の壁の中には限定されませんでした。それは決して家族の状況に独占されませんでした。しかし頭の中で、ひとびとはいつも家庭、母親、主婦に結びつけて考えています。また私は、このことがもう一つのフラッシュだと、コロナウィルスが空を明るくしそのことを示しているようだと思っています。それはまさに私たちに、近くにいる人々に頼るよう求めています。それは窓越しにでも、関係性を築くことを可能にしました、私の食料を運んでくれるこの女性のように。

このような相互依存のネットワークは、じっさいに、人々に運命が一緒に結ばれているように、よりつながりを感じさせることができます。ソーシャル・ディスタンスはそのためのある種のテストなのかとあなたは聞きました。すべての人々のケアを同時にすることなしには、あなたがいかに自分や家族の健康をケアできないか分かるでしょう。繰り返しましょう、公共の健康と個人の健康の間のつながりは全て、普通の日常生活では明らかにならないやり方で明るみに照らし出されました。それがパンデミック(感染爆発)の本質です。

この衝撃はより広い連帯に向けられていますが、他方でこの種のサバイバリズムも目にします。カリフォルニアではなくニューヨークがどのようにこのような換気装置を得ることができるか考えなければいけません。このことは個人的な、より小さなレベルでもあります。トイレットペーパーやマスクをどのように確保するか。両方のことが同時に進行しています。そこでの問いは、どうやって、現れ、それを強調するより良い衝撃を引き出せるかということです。私たちは、それがどこに導くのか、なぜ制限的で自己防衛的な生存方法は不合理なのか示す必要があるのです。


















# by anti-phallus | 2020-10-21 15:29 | フェミニズム

フレイザー新刊紹介『99%のためのフェミニズム宣言』


 なかなか更新できず、今準備しているものもありますが、宣伝したいものがありますので取り急ぎ投稿を。
 ナンシー・フレイザーの新刊共著です。twitterでは宣伝しすぎてるのでこちらに(笑)。
 今日届きましたが、確かに編集さんのおっしゃる通り鮮やかです。思わず原著と並べて写してみました。

フレイザー新刊紹介『99%のためのフェミニズム宣言』_f0210120_13233236.jpg
 目次は下記人文書院さんのサイトを。




 amazonはこちら。



 とにかく刺激的な内容です。一般向けに書かれているので研究者でなくてももちろん大丈夫です。10/22発売です。ぜひご覧ください。解説を書かせていただきました。






# by anti-phallus | 2020-10-16 13:32 | ブックレビュー

イ・ヨンスハルモニの記者会見全文【「慰安婦」問題】

 「慰安婦」被害サバイバーとしてよく知られるイ・ヨンスハルモニが今月(2020.5)初めに記者会見を行って以来、多数の報道がなされています。日本でも紹介されるようになりました。下記は朝日新聞。



 支援団体である「正義記憶連帯(旧挺対協)」やその元代表の尹美香(ユン・ミヒャン)さんを批判する内容で、日本でも驚いた人が多いと思います。この告発以降、大きな嵐が起きているようです。
 下記はハンギョレ新聞の記事ですが、記事の下にリンクもありますので色々読めます。


 (はじっこで)支援してきた人間として、私も驚きました。そして当然のように、この機に乗じて真偽の定かでないことを書いてバッシングに利用する動きも高まっています。

 この数十年間、この問題をめぐって韓国も日本も大きく揺れてきました。日本の右傾化が深まり、問題は消されていくのかと落ち込んでいましたが、そんなに単純ではないことを痛感します。社会運動やフェミニズムにおける被害者と支援者の溝、運動と政治の距離、個人的救済と国家的アイデンテイティのずれ、「慰安婦」や「性奴隷」という名前の問題といった古くからある主題が、ポスト植民地主義の枠組みの上で、大きな問いとして投げかけられています。

 5/25にテグ(大邱)で開かれた記者会見でのハルモニの手記を、知人が日本語訳してくれましたので紹介します。まずは被害者の声を聞くのが最も大事なことではないでしょうか。




*************
(原文はハンギョレ新聞、中央日報等に掲載)


◎5月25日記者会見全文

私は慰安婦でした。

ただ慰安婦だったのではなく、日本植民地時代、日本軍の台湾の駐屯神風特攻隊の強制動員慰安婦被害者でした。

解放後、誰にも明らかにできなかった私の人生の傷を一般に公開したのが、1992年6月25日です。とても勇気を出すのが難しく、自分自身ではなく、友人の話であるかのように、当時挺対協に偽りで被害を申告しました。

以後、1992年6月29日、水曜集会を皮切りに、当時の惨状と被害、そして人権蹂躙を告発し、わたしたち人類に再びこのようなことが繰り返されないように、他の被害ハルモニたちと一緒に問題解決と人権運動を開始しました。

互いに存在も知らなかった私たち被害ハルモニは、それぞれ経験した惨状と人権蹂躙を話してお互いを抱きしめ、涙で痛みを一緒にしました。

このように始まった慰安婦被害者問題の解決のための闘争が、いま、もう30年を過ぎています。この闘争を通じて、後ろ指を差され、偽りの中に恥ずかしかったイ・ヨンスではなく、完全な自分自身のイ・ヨンスが見つかりました。まず、被害者のオンニたちと一緒に、この問題を、私 イ・ヨンスが、必ず解決したかった。しかし、両国政府の誠意のなさと前後のもつれた国際関係の中で、その結実はまだ見えていません。

私は、前回の記者会見と声明文を通して、今までしてきた方法では、問題の解決は難しいという言葉を、あえて国民の皆さんに申し上げ、今後改善すべきものについて伝えました。

しかしながら、第一回の記者会見の後に展開されている状況は、私が期待したり、期待した状況とは違ったものになっています。

30年間、同志と信じていた彼らの行動とはとても信じられないことが、続いて明るみに出ている状況で、私は恥ずかしさと裏切り、怒りなど、いくつかの感情を感じました。

しかし、私は、二つ、必ず守られなければならないという考えで、今回の記者会見を準備しました。私をはじめとした慰安婦被害者の名誉回復と日本の謝罪と賠償と真相の開示、そしてその中で一緒に作ってきた闘争の成果が損なわれてはならないということです。

私は慰安婦被害者であるという事実を告白した後、全く大変な年月を過ごしてきました。それでも私はこの道を守るために、心を絶えず保持してきました。

今日、この場で、国民の皆さんにお願いをしたいと思います。

現在、明らかになった問題は、私たちの大韓民国が、これまで行われてきた市民意識に基づいて、補正されて修正されていくだろう、という信念を持っています。私たちの、未来に向かう足取りを止めないでください。

そのような道に「市民主導方式」、「30年の闘争の成果継承」、「プロセスの透明性の確保」の3つの原則が守られる前提の下、今後、私が考える活動の方向について、いくつかの言葉を申し上げたいと思います。

最初に、慰安婦被害者問題の解決のための方策が早急に出されなければならないということです。長年、近い家族にさえ被害事実を明らかにできなかった多くの被害者の名誉を回復することができる、現実的で実現可能な案を韓日両国政府と市民社会が責任を持って、早急に、お互いに頭を突き合わせて作り出さなければならない、ということです。

第二に、前回の声明文でも申し上げましたが、韓日関係の未来志向の発展のための具体的な交流の方策と、両国国民の間の共同行動などの計画を作成し推進していくことを願っています。

第三に、韓日両国をはじめとする世界の青少年たちが戦争で平和と人権が蹂躙された履歴に基づいて、人類が進むべき道を一緒に悩んで体験することができる、平和人権教育館の建設を推進していきたいです。

四番目に、慰安婦問題解決のための専門的な教育と研究を進めて、実質的な代案と行動を生み出すことができる機構を新たに開設して、早急な被害救済などが行われるようにしなければならないと思います。

五番目に、前に述べたように、少数の名望家や外部の力に依存するのではなく、これまで挺対協と正義連が行ってきた成果をもとに、私たち国民の力で新しい力を準備しなければならないと思います。

第六、今回の事態を起点に、開放性と透明性に基づいた、組織運営の整備のための議論が行われることを願います。事業の選定から運営規定は、市民の参加方法、プロセスの共有と結果の検証まで、誰でも同意ができるような議論が行われることを期待します。

最後に申し上げるのは、これまで、この運動が市民の支持と声援によって成長してきたように、市民の声を集めていく過程が必要だと思います。私をはじめとした活動家、そして国民の皆さんが、現在の状況をどのように解決していかなければならないか、困惑していると思います。私は、闘争の過程の問題が、公論化することを期待していたはずなのですが、いくつかの問題が明らかになり、その過程が複雑になっているようです。

私には、運動の過程において、いままで、多くの助けをいただいた皆さんがおられます。まず一歩を踏み出し、新しい道を開いて来られた方々、明るい知恵で市民の問題を解決することができるように助けていただくように、切にお願い申し上げます。

私は今年93歳です。私の残りの時間はあまりありません。自分の利益を期待していることがありません。被害者の意志とは無関係に、歴史の渦の中で、無力に受けなければならなかった私たちの痛みが、再び繰り返されないように、将来私たちの子孫が、加害者になったり、被害者にされないことを願っています。

今、誰もが心配しているコロナウイルスに対応する大韓民国国民は、すでに新たな道を作っています。過去と現在と未来が、一緒にその道を作ってきていると思います。そのどの道にも、上り坂と下り坂は一緒にあります。重要なことは、ただの一歩だと思います。

私たちのための、すべての一歩を今、国民が一緒にしてくださるようお願いいたします。

ありがとうございます。

女性の人権活動家 イ・ヨンス



********************



# by anti-phallus | 2020-05-27 13:31 | 日本軍「慰安婦」問題

ナオミ・クライン「コロナウィルス資本主義」など

 昨日(7日)、政府により緊急事態宣言が出され、7都府県が対象地域に入った。世界中が混乱しているが、このような中誰がどのようなことを語れるのか、考えている。影響が大きすぎて、どのように考えるべきか分からない。個人的には、「3.11」の時、同じような混乱を味わった。ただあれは、日本国内の話で、海外にも動揺は広がったが、事故現場からの物理的距離が大きな意味を持っていたから、場所によって深刻度が大きく違っていた。その違いもまた精神的な負担となっていたが。
 今回は、初めは中国の一地方の事件だったが瞬く間に中国全土に広がり、次には欧米始め世界各国に拡大した。日本が緊急事態宣言を出すかどうかをめぐって賛否両論あり、左派からは反対を主張する声があったが、私には判断がつかない。
 はっきりしていることは、下記の記事にあるよう:

 コロナ流行により、ジェンダーの格差は拡大するおそれがあるということ。上記記事は、企業が業務縮小するとき、「ダイバーシティは二の次になり、女性と有色の労働者が犠牲になる」と述べている。日本でも、まず飲食店や観光業などのサービス業への打撃が報じられたが、これらの産業の現場で働いているのは過半数が女性。また業種を問わずまっさきに勤務時間を減らされたり解雇されたりするのは非正規労働者で、もちろんその過半数も女性。この記事は、ようやく縮小してきた男女の賃金格差が、コロナ危機により後退するだろうとしている。
 にもかかわらず、日本政府が検討している救済策は、世帯単位であることが想起されなくてはいけない(東京新聞記事、4/9付けニュースによると、世帯単位というのは世帯全体の収入という意味ではなく、世帯主、たいてい男性の収入のみで見るらしい。女性の収入源は無視!!)。ここには女性の労働を自立したものとみなさず、「家計補助」とするヘテロセクシュアルなバイアスがあることを研究者は飽きることなく批判すべきだろう。



この記事は、子育て中の家庭で、学校が休校になったとき、父親か母親が仕事を休まなければならなくなり、結果的に女性が不利になることを論じている。 多くの母親が仕事をもてるようになったのに、今回の危機で、女性は相変わらずの母性神話と経済的不安定性により家に押し戻されると。これは、安倍首相が、3月に突然の全国休校措置を取ったことと重なってくる。日本政府は企業に休業は命じないのに、学校は平気で休ませたり再開させたりする。そのためのしわ寄せは女性たちが受ける。
 さらに、医療機関がコロナのため逼迫すると、妊産婦に負の影響が出ることを指摘している。この医療の問題が、わたしは最も大きいと思う。左派の議論であまり中心的でないのが残念なのだが、政府による外出禁止などの統制が逸脱拡大することへ抵抗する必要性とともに、この医療の公平性や質量の保証が論じられるべきだろう。私たちは今感染に怯えているが、実際にかかってしまったときには病院に行くしかないのだから。
 新自由主義により世界各国の医療制度は民営化され、公的医療を利用できる権利はせばめられている。医療労働者(これも女性が多い)は疲弊している。日本の病院もベッド数をどんどん減らされている。この問題を含めて議論しているのがナオミ・クラインだ。現在も「コロナウィルス資本主義」として論陣を張っていて安心した。
 3/17にビデオを発表していて、その紹介文を訳した。原文はこちら。ビデオもここから見れます。



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コロナウィルス資本主義ーーーーーーそしてどのように克服するか


わたしは20年間、災害にかこつけて起きる変容を研究してきた。わたしが言える確かなことは次のことだ。激動の最中には、以前には考えられなかったことが突然現実になるということ。この数十年間、その変化は主に最悪のものだった。だが常にそうであるとは限らない。そしてそれは将来も繰り返される必要はない。


このビデオは、まだ解明されていないCovid-19危機がすでに私たちの可能性の感覚を作り変えている方法についてのものである。トランプ政権や世界中の政府機関は、無条件の企業援助と物価値下げ調整を求めて危機から搾取するのに忙しい。米財務長官スティーブン・ムニューシンは、2010年のドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法の一部として、前回の主要な金融崩壊の後に導入された金融規制を廃止しようと動いている。他方中国は、経済活性化のため環境基準を緩めることを示唆している。それはその危機が今まで生み出した主要な恩恵の一つ、その国の致命的な大気汚染の顕著な低下を消し去ってしまうだろう。だがこれが物語の全てではない。合衆国では、市や州のレベルで感染爆発の中の立ち退きを中止させる重要な勝利をも目にしている。アイルランドは、6週間の緊急失業手当を、自営やフリーの者も含めて突然仕事を失ったすべての労働者に発表した。そして、アメリカ大統領選候補のジョー・バイデンが最近の討論で、パンデミック(コロナ感染)は「メディケア・フォア・オール」に影響しないと主張したにもかかわらず、多くのアメリカ人は突然、機能するセイフティ・ネットの欠如が様々な面でウイルスへの脆弱性を悪化させていることに気づいた。

この危機は、以前のものと同様、現在の我々の脆弱性に最も責任のある人々を含む、社会で最も富裕な層の利益に援助をばらまく要因になる可能性が高い、わずかな貯蓄と小さな仕事を失ったたいていの労働者たちにはほとんど何も提供せずに。だがこのビデオが示すように、多くの人々は押し返している、その物語を書くのはこれからだが。









# by anti-phallus | 2020-04-08 17:17 | つれづれ