菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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権力の言語としての杉田水脈発言:ナショナリズムと性・生殖

 杉田水脈という自民党の議員の発言が問題になっている。おととい金曜には東京で大きな抗議行動が行われ、大阪や全国各地でも同様の動きがあった。
 この騒ぎは伊藤詩織さんのセクハラ被害に関連したもので、イギリスのBBCがそれについて放映した中で杉田議員はセカンドレイプ発言(セクハラにあうのは女の落ち度論)をしたようだ。この番組はまだ見れていないのだけど、そもそもBBCはなんで杉田議員など出したのかよく分からないのだけど、なんとかして見てみたい。
 そして批判がさらに大きくなったのは、雑誌「新潮45」のなかで、朝日新聞バッシング特集があり、杉田さんの投稿が載っていて、そのなかで「LGBTは生産性がないから社会的支援をするのはおかしい」と発言していたことだ。

 「生産性」という言葉がキーワードになって、多くの人が怒っている。
 このこと自体はとても嬉しいというかほっとした。ただ、この批判が一過性のものにならないように、ということを感じている。
 おそらく杉田議員の言っていることは、二面性があって、ゴリゴリの右翼でない限り、「これはちょっとおかしいんじゃないの」と感じることのできる過激な主張だ。だが同時に、どこか否定しきれない強さがある。それは、社会の現実の一面に根ざした強さである。その強さが、杉田氏の主張を批判することをためらわせるため、杉田氏はここまでやってこれたのだろう。

 そもそも今回の抗議行動で若干驚いてしまったのは、「生産性」という言葉にこれほど多くの人が怒ることができる、ということだった。というのは、朝日新聞で右派の藤岡信勝氏が「生産性という言葉は単なる政策論の言葉で、杉田氏独自のものではない」と擁護してたけど、確かにその通りで、「生産性」は戦後ずっと普通に使われてきた言葉だ、特に経済論議で。もちろん今回の文脈は「LGBTは子どもを作れない(これ自体間違っているのだけど)」という意味で使われているので、一般企業で使われる生産性の意味とは異なる。ジェンダー論的にはこれは「再生産」といわれるもので、普通に商品やサービスを作り出すことが「生産」、子どもの出産や労働者の心身を休息させまた働けるようにすること(家事や子育て・介護など)は「再生産」という。
 おそらく、多くの人が怒ったのは、労働現場で限りなく「生産性」を求められ疲弊している現在、その言葉がひとびとの「私的な」性生活(再生産の領域)にまで適用され、ある種の生き方が排除されるべきだと杉田氏が主張していることだろう。


 わたしは、近年、杉田氏的な生産領域、再生産領域共に「生産性」を求める風潮、思考が高まっていると感じていたので、今回の抗議行動の広がりに少し驚くと共に、安心している。
 例えば先日、ジェンダーの授業で、年金3号の問題を取り上げた時に、女子学生が、「子どもを産んだ女性には国が金を払って当然と男子が言っていた」とショックを受けていた。
 多分この発言をした男子学生の主張は、出産した女性に報酬、というものなので、杉田氏とは少しだけ違う。杉田氏の論は「国民は国のために生きて当然」というものなので、出産も国民として当然の義務、と考えるだろうから、お金を払うべきだとはいわないだろう。何しろ杉田氏は保育所の設置に反対しているらしい。産むだけ産ませといて後は知らん、自力で育てろ、とはさすがにわたしもびっくりしたが・・。とはいえ、出産を国民の、女性の義務的な行為として捉えている点ではこの男子学生も杉田氏も共通の立場だ。

 そして、この二者の発想は何も特殊なものではない。人々の性や生殖は最終的には国のためにあるという考えはナショナリズムの中心にある論理だ。それを分かりやすく教えてくれるのが、今問題になっている優生保護法下での強制不妊手術である。戦後、1996年まで存在した優生保護法下で、障害者を始め「生殖や子育ての能力がない」と判断された人々(杉田氏的には「生産性のない人々」)は、強制的に、あるいはギリギリの同意で、強制不妊手術をされた(昨年来、マスコミで連日報じられているから知らない人は調べて下さい)。しかも当時、「不幸な子どもを産まない運動」が国と自治体によって展開されたというから本当に恐ろしい。国が個人の「幸福」や「不幸」を定義して、存在自体を左右してよいとされている・・。これは戦前のことではなく、戦後の1960~70年代のことである。
 例えば下記記事。







 この性と生殖のナショナリズムを実践した優生保護法が1990年代に廃止されたというのは重要な点だ。1990年代はジェンダーとセクシュアリティに関して新しい動きが出た時代である。しかしその後、ネオリベラリズムが全面展開されていき、「性と生殖に関する自由」(リプロダクティブ・フリーダムという国際的な女性運動の用語)の理念は忘れられ、少子化危機があおられ、労働現場でのぎりぎりまでの労働者の酷使の恒常化とともに、少子高齢化社会を救うのは女性が子どもを産むこと、という認識が増大している。優生保護法はなくなったけど、中絶を犯罪とする刑法堕胎罪については議論にも上らず、「卵活」「妊活」と称して「自己決定」の名の下に新たな優生思想が広がっている。

 繰り返しになるが、杉田議員の発言は特殊なものではない、おそらく自民党や維新系の政治家はほとんどが本音では肯定するだろう。ただし彼らは表立っては言わない。公言してしまったら彼らの嫌う「朝日新聞」らリベラル系に叩かれて、政治的にマイナスだから。杉田議員の主張は「権力志向の男性の本音」なのだ。往往にして、女性は男性的な「本音と建前を使い分ける政治」に慣れていない。だから男性の本音を公言してくれる女性を彼らはもてはやす。その代表が杉田氏を絶賛しているという安倍首相だ。杉田氏と同様の国家観・政治観を持っていながら決してストレートには出さない安倍首相。彼のこのずるさが政治生命を延ばしている。そして彼・彼女らの「権力の言語」が私たちの社会をむしばんでいる。
 今回の発言のように、普通はおおっぴらには言いにくいけど社会の一部に根付いている差別的発想は、繰り返し繰り返し、違うと言っていかないとなくならない。LGBTは子どもを生まないから社会に貢献しない、女性は子どもを生まなくてはいけない、障害者は人に迷惑をかけるからおとなしくすべき等々弱者を攻撃し、お互いに縛りあい、「国家」という幻想だけが輝く社会になってしまう。

 「生産性」は国が決めるものではないし、私たちは「生産性」のために生きているのではない。しかし、権力の言語は常に間隙を縫って社会を支配しようとするし、私たちはそれへの批判をせまられる。杉田議員の問題は一議員の問題ではない。私たちの現在の政治、経済、あるいはもっと長いスパンで批判されるべき歴史全体への問いがはだかっている。






















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by anti-phallus | 2018-07-29 11:16 | クィア/LGBT | Comments(0)

日本はもう男女平等になったのか?

 最近、ポストフェミニズム論ということで書いている。先日来、逃げ恥というドラマをテーマに分析したものを発表してきている。なぜポストフェミニズム研究をしているかというと、院生時代からやっている「慰安婦」問題や戦争と性暴力の問題では言いにくいものが広がっていると感じたからだ。
 過去の性暴力の問題だと、現在の性差別の存在について直接指摘しづらい。基本的に皆、「昔の差別の問題」に今どう向き合うか、という姿勢で考えている。そして、戦争がらみの問題なら「マクロな政治の問題」だから下手なことを言えない、という感じで、建前的に立派なことを言いたがる。
 だが、性差別や性暴力は本当に昔のことなのだろうか?そんなわけがない。財務省の副次官が典型的なセクハラ発言をしていたことが明らかになっても、政治的に大した影響もなく忘れられようとしているし、男女の賃金格差はいまだ2倍もの大きさだ。
 ところが、逃げ恥批判やポストフェミニズムの発表をしていると、「もう若い世代の男性はセクハラ発言などしない」と言ってくるひとがいる。また、論文にもした「女子力」アンケートを発表したら「これは愛知だけの結果で、東京ではこんな保守的な結果にはならない」と言われたこともある。どれも階層の高い若手男性研究者から言われたことだが、一方で、同席した女性若手研究者は、後でこっそりとわたしに打ち明けてくる。自分が女性であることで抑圧的な発言をされること、バイト先で女性性を強要されること、結婚や子育ての圧力に苦しんでいること・・。
 おそらく、女性差別などない、というテーゼは、年齢や世代を問わず男性の立場にいると信じたい願望なのだろう。その陰で女性たちは我慢している。20代前半の就職したての女性から聞いたのは、普段、同世代も含めた男性を立てるようにとても気を使っていること、そして男性たちは全然それに気づいていないこと。
 現代の特徴は、このような性差別的な状況に対して集合的に異議申し立てしにくいことだ。男性の多くは女性差別はもう終わった、特に若い世代は差別意識はない、と思っているし、また、女性でもそう思っている人も多い。
 先日、結婚や出産でも退職しない女性労働者の割合が増えた、という報道があったが、そういった変化も男女平等の証拠とされる。だが本当にそうだろうか?単に、女性も働かないと経済的に苦しくなったからではないだろうか?女性労働者の正社員率はどんどん減っている。今や過半数は非正規である。どうしてこちらの事実はマスコミはクローズアップしないのだろうか。

 みな女性は自由になったという幻想を信じたがっている。現実の差別に気づくのは精神的につらいことだから。差別はどこか遠いところ、自分とは直接関係ないところにあると思っていた方が楽だから。だが、その幻想の大きさに触れれば触れるほど、私は怖くなる。それだけ現実が厳しいことを示しているから。幻想の大きさの陰で苦しむひとがどんどん増えるから。
 「差別は終わった」と考えている男性にも、目を覚ましてほしい。そう考えている限り、世界の半面、いやごく一部しか見えないのだし、自分の中の何かをも抑圧しているのだから。









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by anti-phallus | 2018-07-08 12:18 | つれづれ | Comments(0)