菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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ノーベル文学賞と財務省セクハラと

 #MeTooの展開が止まらず、今日の新聞ではアカデミー賞の選考委員会関係者のレイプ疑惑により今年の文学賞見送りと報じている。朝日も中日も「ハルキスト『寂しい』」などというタイトルを記事につけていてげっそりだが、「女性に優しい」を売りにしている村上春樹のファンならばこのアカデミーの決断を誉めたたえるべきではないかと思うが違うらしい。まあ春樹氏はそのイメージとは裏腹に、実際の作品ではホモフォビアははなはだしいし、結局は男性主人公がいかに「素敵な女性」とセックスするかが目標となっている作品が多いので、個人的には春樹ファンはセクハラの告発など関心薄いだろうなとも思う。
 ノーベル文学賞など権威中の権威で、権威の裏にはハラスメントや抑圧、暴力はつきものだからこれはなるべくしてなった事態だ。権威に憧れる人々は、それが何の犠牲の上に成り立っているのか振り返るべきだろう。
 同じ紙面に、麻生財務相が「セクハラ罪ない」として福田財務事務次官の辞任について「役所に迷惑をかけたとか品位を傷つけたとかいろんな表現があるが、(そういう理由で)処分した」と述べたという記事も載っている。この発言は、麻生氏はこの段でも福田氏の言い分を聞かないといけないと主張していることと併せて、福田氏への減給処分はセクハラそのものを理由とするのではない、というニュアンスを伝えている。
 こんなにもレベルの低い政治家を財務相という重要な省のトップに置き続ける首相には驚きである。
 こういうひとには、女性の人権という概念はまったくありえないのだろう。セクハラの背景には、職場や社会的な場で、女性を対等な人格ではなく「性の対象」とみる意識がある。こういう人は基本的に職場や社会は「男のもの」だと思っているから、そこに出現する女性の存在は見えないか、見えても「職場の花」「癒し」などどいう二次的な存在としか感知できない。
 性差別は他の差別と比べると特殊で、非常にわかりにくい。例えば人種的あるいは民族的マイノリティへの差別の場合、基本的にその形は排除や攻撃になる。在日コリアンへのヘイトスピーチやアメリカにおける黒人差別などがそう。そういう場合、集団対集団(日本人対コリアン、白人対黒人)という形になるので、排他性も見えやすい。だが女性差別の場合はそうではない。「自分はフェミニスト」などと自称している男性が、セクハラを繰り返す、ということがよくあるわけである。(自分の気に入りの)女性にちやほやし、甘やかす男性が、ある時には手のひらを返して女性を攻撃する、ということがある。これがヘテロセクシズムの恐ろしさ、わかりにくさ。
 麻生氏のような人物にとっては、政治は「選ばれた男性の素晴らしき世界」なのだから、仲間への批判など、とくに女性からの抗議など許されないのだろう。「国に尽くす男性」にとって女性をからかって気晴らしをするのは「目くじらをたてるほどのことではない」と考えているのではないだろうか。こういうひとは「自分たち男性は国のためみんなのために苦労しているのだから女に尽くされるのは当然」だと思っている。
 セクハラを告発した女性記者にとっては財務省の責任者に呼ばれ会食する機会は、自分の記者としての腕が試される大事なチャンスだったろう。多少嫌な思いをしてもがんばって「ネタ」をとらねばと思っただろう。それが、実際行ってみたら自分が呼ばれたのはそのようなものではなく、やはり「女をバカにして気晴らしをする」ためだったと知り、どれだけ愕然としたか想像に難くない。「自分が女性である限り、いくら頑張ってもこういう目にあう」と絶望したのではないか。こういう場合、「軽くかわして気にせず次につなげる」と考える女性も確かにいる。(そうすることも彼女の選択だからそれ自体が悪くはない。だが積もり積もればそういう選択は彼女自身を抑圧していくだろう。)だが彼女はそうする道を選ばず、抗議する道を選んだ。これは明確なフェミニズムですね。告発がどれだけ上手くいっても、傷を負わない告発者はいない。どれだけかの程度で必ず嫌な思いはする。それを分かった上で告発するのは、自分と同じ嫌な思いを他の女性、男性にさせたくないから。伊藤詩織さんも「妹に同じ目に遭わせたくないから告発した」と書いている。
 セクハラ、といわれると遠く感じるひともいるだろうが、「軽い差別」なら誰でも経験しているのではないか。職場で、同じ発言をしても女性である自分が言うのと男性が言うのでは周囲の反応が違ったり。「モノを言う女性」に対して日本社会はとにかく厳しい。「モノを言う男性」にすら肯定的ではないが、男性ならばある程度の条件をクリアすれば「できる男性」として優遇されていくが、女性の場合意思表示をすると男社会は徹底的に潰す。みんなそれを知っているから女性たちは主張するのを控える(これは日本に女性管理職や政治家が増えない主因ですね)し、男性を「立てる」。多くの男性は「立てられている」「気を遣われている」のに慣れっこで、改めて気付きもしないだろう。こんなでは人権意識など育ちようもない。
 「#MeToo」に注目が当たるせいでテレビでも取り上げられたりしているが、その報道ぶりは玉石混交で「玉」は少ない。昨日など某N◯Kで、あるワンフレーズで有名になった教育関係者(なんで彼があれだけ持ち上げられているのかも私にはさっぱりわからないのだが)をゲストに呼んでセクハラについてトークさせていたがあまりにひどいので脱力した。女性ゲストが真っ当なことを言っているのに対してその教育評論家?はまるで自分が責められているかのように怯えた態度で、最後には「私の目標は目の前で向かい合って仕事している女性をいかに隣に引っ張ってくるかでしたが云々」「距離が近い方がいい人もいれば遠いのがいいという人もいる」とか茫漠としたことを言ってその話は終わってしまった。セクハラの話になるとこのように妙に防御的になる男性がいるが、こういうひとに公共の電波を分け与えるのはやめてほしい。そういう資源は被害者など当事者の女性に与えてほしいと思ったのである(群ようこ風)。










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by anti-phallus | 2018-05-05 14:57 | フェミニズム | Comments(0)