菊地夏野のブログ。こけしネコ。
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『教育と愛国』とポジティブ・アクション
映画「教育と愛国」アンコール上映をすべりこみで観ることができた。視点のしっかりした作品だと思った。というのは、「慰安婦」問題を基軸にした構成だったから。政治によって教育現場がどのように歪められつつあるかを撮ったものだが、実はそれは「慰安婦」問題をめぐって生じた変化である。90年代に被害者が告発を行い、運動が形成され、その結果の一つとして教科書に「慰安婦」が記述されるようになった。そのことを問題視した右派の活動家、学者、政治家が起動したのが、今に至る右傾化のきっかけだ。だがこの大きな構図が語られることはあまり多くない。それはこの問題がメディア上でタブーになっていることと、詳細を理解している者が少ないからである。
この監督はその歴史を理解し、初心者にもわかりやすく提示している。同種のドキュメンタリー映画「主戦場」が演出に凝り、やや誇張し過ぎという批判もあったことに比べ、こちらは丁寧に描いているのでとっつきやすいだろう。(それにしても右派の学者の発言の無内容さは、「主戦場」と共通していて興味深かった)
私個人としては知っていることが多かったので発見というよりは確認した感覚なのだが、映画から少しずれて、映画館に掲示されていた監督のインタビュー記事のほうで気になることがあった。
朝日新聞の記事で、2022年5月19日づけ。監督は、橋下大阪元府知事が府立学校の私学助成削減について2008年に女子高校生と討論会を行った時のことに触れていた。経済的に困窮し削減に反対する女子高校生らに府知事は激しく反論し、「あなたが政治家になってそういう活動をやってください」と言ったという。(しかも松井大阪市長はこのことを「女子高生を泣かせた」とネタにしていたという)
もちろん監督は橋下氏のこういう態度を批判していたのだが、私はそれだけでなく、最近議論することの多い女性のポジティブ・アクションを連想した。このところ増えているメディアの女性管理職や政治家を増やせ報道について、私は以前から批判的な発言をして(させられて?)いる。ポジティブ・アクションそのものに反対しているわけではないのだが、どうにも今の語られ方に違和感がある。その違和感の一つがこれだ。
橋下氏は、自分の政策に反対する高校生に意図を説明し説得を尽くそうとするのではなく、政治家になれと言った。これはどういうことかというと、政治家になれば好きなことができるのだということだろう。自分のように努力して「上り詰めて」権力を持てば、好きなことができるんだぞと。逆に言えば、そうでなければ思いが通らなくても仕方ない、ということだろう。
しかし、本当にそうだろうか?政治家は権力者だから、反対する市民に対して説明責任もなく、反対者の考えを尊重する必要はないのだろうか?もちろんそうではない。政治家だから、権力者だからこそ、反対者や弱者の意見を聞かなくてはいけない。それが民主主義だろう。だが橋下のような政治家が人気を得て、マスメディアに頻出する、それが今の時代である。
この時代の主流の雰囲気の中で、女性管理職や政治家を増やせというメディアのキャンペーンがある。普段中立を装うメディアはこのテーマに限って不思議と主張を明確にし、紙面で訴える。だがこれがメディアの役割なのだろうか。何度もいうがポジティブ・アクション自体は悪いことでない。活動している人々にも共感する。私が違和感があるのは、数あるジェンダーイシューの中でこれだけ取り上げられることである。
例えば前から思っていることだが、重要なイシューの一つ、男女の賃金格差についてきちんと勉強しているメディアは少ない。最近の政策もあって賃金格差の報道は少し出てきたが、報じられるのはほとんどが正社員の男女の格差。メディアは正社員だけ取り上げて男女差を言っているが、女性労働者の過半数は非正規。正規・非正規を問わない男女差はより大きい。男女差を言いたいならば、非正規を含めて取り上げるべきだ。この問題はとても分かりやすいし、少なくとも女性管理職や政治家増やせキャンペーンと同等なくらい報道されていいはず。管理職や政治家はどうしたって少数のエリートの話。非正規の問題の方がより広範な影響を持つともいえる。譲って言えば、賃金格差など重要なジェンダーイシューに取り組める政治家を増やせと、ジェンダーについて主張したいなら主張してほしい。
他にもたくさん報道されるべきジェンダーの問題はある。女性管理職や政治家が増えればそういった地道なジェンダーの問題も進展するはず、といいたいのだろうが、政治家の支援者や一般市民ならともかく、メディアがそういうスタンスを取るのは私には筋違いのように思える。特定の政党を支持してはいけないというのがメディアの不文律だというが、その不文律自体疑問がつくし、政党に偏らない代わりに女性を増やせと言っているように見えるけど、どうにもバランスが悪いように感じる。そんな単純なところに落ち着くのではなく、メディア自身が様々なジェンダーの問題を勉強し、多様な方向からアプローチしてほしい。それに刺激を得て、市民もあるいは政治家も企業も変わっていく。政治家任せ、管理職任せの報道は根本から間違っている。それは、男性中心のピラミッドを肯定し、女性もピラミッドを登れ登れと煽っているように見える。
橋下氏のエピソードに戻ると、女子高校生(このカテゴリー自体問題含み)は高校生のままで、意見を主張し、聞かれ、政策に反映させる権利がある。政治家にならなくても管理職にならなくても普通の女性のままでよい。彼女たちがそのままで平等に認められ、権利を行使できる社会が目指すべき社会である。
by anti-phallus
| 2022-08-20 17:49
| シネマレビュー