菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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日本はもう男女平等になったのか?

 最近、ポストフェミニズム論ということで書いている。先日来、逃げ恥というドラマをテーマに分析したものを発表してきている。なぜポストフェミニズム研究をしているかというと、院生時代からやっている「慰安婦」問題や戦争と性暴力の問題では言いにくいものが広がっていると感じたからだ。
 過去の性暴力の問題だと、現在の性差別の存在について直接指摘しづらい。基本的に皆、「昔の差別の問題」に今どう向き合うか、という姿勢で考えている。そして、戦争がらみの問題なら「マクロな政治の問題」だから下手なことを言えない、という感じで、建前的に立派なことを言いたがる。
 だが、性差別や性暴力は本当に昔のことなのだろうか?そんなわけがない。財務省の副次官が典型的なセクハラ発言をしていたことが明らかになっても、政治的に大した影響もなく忘れられようとしているし、男女の賃金格差はいまだ2倍もの大きさだ。
 ところが、逃げ恥批判やポストフェミニズムの発表をしていると、「もう若い世代の男性はセクハラ発言などしない」と言ってくるひとがいる。また、論文にもした「女子力」アンケートを発表したら「これは愛知だけの結果で、東京ではこんな保守的な結果にはならない」と言われたこともある。どれも階層の高い若手男性研究者から言われたことだが、一方で、同席した女性若手研究者は、後でこっそりとわたしに打ち明けてくる。自分が女性であることで抑圧的な発言をされること、バイト先で女性性を強要されること、結婚や子育ての圧力に苦しんでいること・・。
 おそらく、女性差別などない、というテーゼは、年齢や世代を問わず男性の立場にいると信じたい願望なのだろう。その陰で女性たちは我慢している。20代前半の就職したての女性から聞いたのは、普段、同世代も含めた男性を立てるようにとても気を使っていること、そして男性たちは全然それに気づいていないこと。
 現代の特徴は、このような性差別的な状況に対して集合的に異議申し立てしにくいことだ。男性の多くは女性差別はもう終わった、特に若い世代は差別意識はない、と思っているし、また、女性でもそう思っている人も多い。
 先日、結婚や出産でも退職しない女性労働者の割合が増えた、という報道があったが、そういった変化も男女平等の証拠とされる。だが本当にそうだろうか?単に、女性も働かないと経済的に苦しくなったからではないだろうか?女性労働者の正社員率はどんどん減っている。今や過半数は非正規である。どうしてこちらの事実はマスコミはクローズアップしないのだろうか。

 みな女性は自由になったという幻想を信じたがっている。現実の差別に気づくのは精神的につらいことだから。差別はどこか遠いところ、自分とは直接関係ないところにあると思っていた方が楽だから。だが、その幻想の大きさに触れれば触れるほど、私は怖くなる。それだけ現実が厳しいことを示しているから。幻想の大きさの陰で苦しむひとがどんどん増えるから。
 「差別は終わった」と考えている男性にも、目を覚ましてほしい。そう考えている限り、世界の半面、いやごく一部しか見えないのだし、自分の中の何かをも抑圧しているのだから。









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by anti-phallus | 2018-07-08 12:18 | つれづれ | Comments(0)