菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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ジェンダーの意味

 最近思うこと。
 ジェンダー論を長年やってると、ジェンダーやフェミニズムの学問的な深化が当然のことになってしまって、そこからしか考えなくなっちゃう危険がある。

 わたしは『ジェンダー・トラブル』のあたりから入っているから、ジェンダーは社会構築物だということが当たり前できちゃってるんだけど、たまに、学問や研究関係でないひととそういう話をすると、改めて、ジェンダー論って全然浸透してないな〜と感じ入る。(注:いやよく考えれば、学問関係の人と話しててもそうだ。単に、ジェンダー論について詳しくない人と話すと、ということですね)

 当たり前なんだけど、でもセクシュアリティ関係の集まりでもそういうことがあると、けっこう愕然としてしまう。セクシュアリティの運動と、ジェンダー論の進展が切れてるのかもしれない。

 世の中のたいていの人は、男女の性差は自然に決まっている生物的なものと考えている。その性差というものの中身は、「女のコはフリルやかわいいものが好き」とか「男はむきむき」とか「男は女が好き」とかジェンダー論的にはかなり第一歩的な内容。

 性同一性障害という「疾患」に関する認識がそういう傾向を後押ししたのかもしれない。そう思うとなんともいえない気持ちになるが。

 ジェンダーの認識は個人によってばらばらでありながら、改めてそれが表に出されることは少ない。みな「男の人は〜よね」とか「女は〜だから」とかぶつぶつ言うだけで、それが本当にそうなのか、どうやったら検証できるのかなどまでは考えない。
 このように身体化された言説だからこそ支配力も大きい。

 ジェンダーは社会的につくられる、内容は恣意的でその時々で変わる、それに縛られる必要はない、ということを何度も何度も言っていかなくてはいけないのだろうか。










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by anti-phallus | 2014-05-29 10:28 | つれづれ | Comments(0)