菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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腰には放射線計

 ニュースを見るたびに茫然とする。茫然としているだけでは辛くなるので書くことにする。
 福島の小学校では、教師の腰には放射線計が下げられ、登校時間から下校時間まで計測を続けることになったという。教師は「これで保護者の不安が解消するなら有効だと思う」。体育の時間も外でなく、体育館で授業を行うそう。
 子どもたちが校庭で遊べない。常に放射線の上がり下がりを気にしながら教師は授業を行う。こんな状態で、なぜ学校を動かさなければならないのだろうか。
 ウルリッヒ・ベックは、「許容値」というマジックワードによって許容値までのリスクは無害視され、また許容値の設定されないリスクも無害化されると指摘する。
 ベックの書は、チェルノブイリを受けて書かれたものだが、まさに今の日本社会を預言しているようだ。
 計測して、国のいう許容値以下であれば安全だといえるのか?放射能には「いき値」はない。例え微量であってもそれは安全とはいえない。許容値以下であろうとリスクはリスクであって、それは決して安全ではない。なぜ、そんなところに子どもたちをおいておくのだろうか?
 国や自治体がすぐに子どもたちを「疎開」させることは財政的に無理であっても、せめて学校を休校してくれれば、保護者は危機感を持って自分たちのおかれている状況を考え直せるだろうし、避難・疎開できる者はするだろう。せめてそれくらいの決定権は与えてくれてもいいのではないだろうか。
 (ソ連はチェルノブイリ事故のさい、1ミリシーベルト以上の地域には移住権を与え、5ミリシーベルト以上では強制移住させたという。それをこの日本では、移住させるどころか基準を緩め、20ミリシーベルトまで許容させようとしている。)
 こんな事態なのに普通に学校を運営することで一体誰が得をするというのだろうか?わたしは、東北や北関東一円で学校は休み、事態が落ち着くまでは避難する者は避難し、残る者は対応について協議を続けるべきだと思う。そこまで広くできなくとも、せめて福島や宮城くらいは休校にすべきだ。
 ところが休校どころか、普通に学校が営まれる、腰に放射線計を下げながら。
 しかも放射線計による計測は、「保護者を安心させるため」だという。決して、子どもの安全を守るためではないのである。ここでも、事故直後から政府とテレビが流してきた「安全」神話がのぞいている。政府や学校などの権威が「安全」だといえばそれは本当に「安全」なのである。現実には空気中に放射性物質が浮遊していたとしても。基準、許容値以下の数値であれば「安全」なのだ。そしてそれらのメッセージによって保護者が「安心」すればそれで解決。「安全」世界のできあがり、空気は汚染されながら。
 一体、学校は何のため、誰のためにあるのか。子どものためにあるのではないことが自明になった。学校は、おとなのため、汚染を「無害化」したいおとなのためにあるのである。何年後かに福島の若者のうち、高い確率で甲状腺ガンが発病したとしても、そんなことより、今普通に、通常の学校を動かすことが大事なのである。
 まさにこれが日本である。どんなことがあろうとも、いつも平静、普通に毎日を送る。お父さんは会社に行き、お母さんは家事、子どもは学校に行く。あわててはいけない、パニックになってはいけない。異常事態はどこにも発生していない。日本はいつも平和。国民は皆幸せ。文句を言う国民は誰もいない。被災地には天皇ご夫妻があの無表情な笑顔で哀れみにくる。
 原発が爆発し、空気も海も植物も動物も汚染されても、この平和な日本は変わらないのである。
 ああ頭がおかしくなりそう。
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by anti-phallus | 2011-04-27 21:47 | つれづれ | Comments(0)