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『帝国の慰安婦』起訴関連声明続報(前半)

前回アップした声明に関して続報です。
ソウルで記者会見をしたということで、そのさいのプレスリリースを送ってもらいました。
賛同の言葉などが載っていますのでご覧ください。

しかしPDFから画像変換しましたが読みにくいですね・・・すみません。

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# by anti-phallus | 2015-12-11 18:04 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)

『帝国の慰安婦』問題:やっと共感できる声明が・・

 朴裕河さんの著作の問題についてどうやって書こうかと悩んでいましたが、納得できる声明を出してくださる方々がいました。
 韓国の研究者を中心としたものですが日本にも呼びかけています。
 この間の動きで混乱している方、ご覧ください。

 「反省」の言葉で締めくくられていますが、このような事態にまでいたるような状況を作ってしまったのは日本社会の側、日本の「知識人」の責任が大きいですよね・・。本当に残念です。

※先行して異なる立場から、日本の研究者らが起訴に反対する声明を出しています。わたしはこちらの声明はたいへん判断が難しいものだと思います。ただいえることは、『帝国の慰安婦』がもっている危険性について十分に認識できていないのではないかということです。起訴という国家権力の行使についてはわたしも慎重になるべきだとは思いますが、該当書籍が被害女性たちの心を深く傷つけた−−−−−そのような陳腐な表現しか出てこないのが心苦しい−−−−−だろうことは想像に難くないし、この書籍が「慰安婦」問題の進展を促すようには思えないのです。

※注意 下記リンクは標題のものとは全く別の声明です。参考まで紹介※
ハフィントンポスト記事 「帝国の慰安婦」朴裕河教授の在宅起訴に学者ら54人抗議声明(全文)」

 声明が錯綜していて混乱・・・。紛らわしくてすみません。わたしが本当に紹介したいのは下記に引用するほうです。

 私たちがすべきことは何よりも「慰安婦」問題を解決するために被害女性たちが願う方法、国家謝罪と補償を実現し、この問題を二度と繰り返さないように実効的な制度を政治・教育・メディア多様な領域から実施していくことであって、「慰安婦も自発的に協力した」とか「日本政府には倫理的な責任しかない」と主張する言論を再生産することではないと思います。


++++++++++++++++++++++++++++++++
『帝国の慰安婦』事態に対する立場

 日本軍「慰安婦」問題について深く考えこの問題の正当な解決のために努力してきた私たちは、朴裕河教授の『帝国の慰安婦』に関連する一連の事態に対して実に遺憾に思っています。

 2013年に出版された『帝国の慰安婦』に関連して、2014年6月に日本軍「慰安婦」被害者9 名が朴裕河教授を名誉毀損の疑いで韓国検察に告訴し、去る11月18日に朴裕河教授が在宅起訴されました。これに対し、韓国の一部の学界や言論界から学問と表現の自由に対する抑圧であるという憂慮の声が出ており、日本では11月26日に日本とアメリカの知識人54名が抗議声明を発表しました。

 私たちは原則的には研究者の著作に対して法廷で刑事責任を問うという方式で断罪することは適切でないと考えます。しかし、私たちは学問の自由と表現の自由という観点からのみ『帝国の慰安婦』に関する一連の事態にアプローチする態度については深く憂慮せざるをえません。日本軍「慰安婦」問題が日本の国家機関の関与のもと本人の意思に反して連行された女性たちに「性奴隷」になることを強いた、極めて反人道的かつ醜悪な犯罪行為に関するものであるという事実、その犯罪行為によって実に深刻な人権侵害を受けた被害者たちが今この瞬間にも終わることのない苦痛に耐えながら生きているという事実こそが、何よりも深刻に認識されなければなりません。

 その犯罪行為について日本は今、国家的次元で謝罪と賠償をし歴史教育をしなければならないということが国際社会の法的常識です。しかし、日本政府は1965年にはその存在自体を認めなかったため議論さえ行われなかった問題について1965年に解決されたと強弁する不条理に固執しています。日本軍「慰安婦」被害者たちはその不条理に対し毎週水曜日にすでに1200回以上も「水曜デモ」を開催しており、高齢の身をおして全世界を回りながら「正義の解決」を切実に訴えています。私たちは、これらの重い事実を度外視した研究は決して学問的でありえないと考えます。

 私たちは、『帝国の慰安婦』が事実関係、論点の理解、論拠の提示、叙述の均衡、論理の一貫性などさまざまな面において多くの問題を孕んだ本であると思います。既存の研究成果や国際社会の法的常識によって確認されたように、日本軍「慰安婦」問題の核心は日本という国家の責任です。それにもかかわらず『帝国の慰安婦』は、責任の主体は「業者」であるという前提に基づいています。法的な争点に対する理解の水準はきわめて低いのに比べて、主張の水位はあまりにも高いものです。充分な論拠の提示をせずに、日本軍「慰安婦」被害者たちが「自発的に行った売春婦」であり、「日本帝国に対する『愛国』」のために「軍人と『同志』的な関係」にあったと規定することは、「被害の救済」を切実に訴えている被害者たちに更なる深刻な苦痛を与えるものであるといわざるをえません。このように、私たちは『帝国の慰安婦』が充分な学問的裏付けのない叙述によって被害者たちに苦痛を与える本であると判断します。ゆえに、私たちは日本の知識社会が「多様性」を全面に押し出して『帝国の慰安婦』を積極的に評価しているという事実に接して、果たしてその評価が厳密な学問的検討を経たものなのかについて実に多くの疑問を持たざるをえません。

 私たちは、この事態を何よりも学問的な議論の中で解決しなければならないと考えます。韓国と日本と世界の研究者たちが問題について議論し、その議論の中で問題の実態を確認し解決方法を見つけるために、ともに知恵を出し合うことが必要であると思います。そこで、私たちは研究者たちが主体になる長期的かつ持続的な議論の場を作ることを提案します。また、その一環として、まず朴裕河教授や『帝国の慰安婦』を支持する研究者たちに、可能な限り近いうちに公開討論を開催することを提案します。

 最後に、私たちは名誉棄損に対する損害賠償請求と告訴という法的な手段に訴えねばならなかった日本軍「慰安婦」被害者らの痛みを深く反芻し、日本軍「慰安婦」被害者たちにさらなる苦痛を与えるこのような事態に陥るまで私たちの思考と努力が果たして十分であったのかどうか深く反省します。また、外交的・政治的・社会的な現実によってではなく、正義の女神の秤が正に水平になるような方法で日本軍「慰安婦」問題が解決されるよう、更なる努力を重ねていくことを誓います。

2015.12.2.

日本軍「慰安婦」被害者たちの痛みに深く共感し
「慰安婦」問題の正当な解決のために活動する研究者・活動家一同

(1次署名者71名)
ユン・ジョンオク(元梨花女子大学)、チョン・ジンソン(ソウル大学)、ヤン・ヒョナ(ソウル大学)、キム・チャンロク(慶北大学校)、イ・ジェスン(建国大学校)、ジョ・シヨン(建国大学校)、イ・ナヨン(中央大学校)、イ・シンチョル(成均館大学校東アジア歴史研究所)、カン・ソクチュ(ソウル大学校)、カン・ソンヒョン(聖公会大学校)、カン・ジョンスク(成均館大学校)、コン・ジュンファン(ソウル大学校)、クァク・キビョン(ソウル大学校)、クォン・ウネ(東国大学校)、キム・キョソン(中央大学校)、キム・ギオク(漢城大学校)、キン・ミョンヒ(聖公会大学校)、キム・ミラン(聖公会大学校)、キム・ミンファン(聖公会大学校)、金富子(東京外国語大学)、キム・ウンギョン(放送通信大学校)、キム・ユンジョン(歴史学研究所)、キム・ジナ(ソウル大学校)、キム・ヘジョン(全北大学校)、ド・ジンスン(昌原大学校)、パク・ノジャ(Vladimir Tikhonov, Oslo University)、パク・ジョンエ(東国大学校)、パク・ジンギョン(仁川大学校)、パク・ヘスン((社)韓国軍事問題)、ペ・ギョンシク(歴史問題研究所)、ペ・ウンギョン(ソウル大学校)、ペク・シジン(中央大学校)、ペク・ジェエ(ソウル大学校)、ペク・ジョヨン(中央大学校)、ソン・チャンソプ(放送通信大学校)、シン・グリナ(ソウル大学校)、シン・ヘス(梨花女子大学校)、シン・ヘスク(ソウル大学校)、オ・ドンソク(亞洲大学校)、オ・スンウン(漢陽大学校)、ユン・ギョンウォン(東アジア社会文化フォーラム)、ユン・テウォン(ソウル大学校奎章閣韓国学研究院)、ユン・ミョンスク(忠南大学校)、イ・キョンス(中央大学校)、イ・キョンジュ(仁荷大学校)、イ・ミナ(中央大学校)、イ・ドンキ(江陵原州大学校)、イ・ミョンウォン(慶熙大学校)、イ・ヨンスク(一橋大学)、イ・ジョンウォン(聖公会大学校)、イ・ジウォン(大林大学校)、イトー・ターリ(パフォーマンス・アーティスト)、板垣竜太(同志社大学)、イ・ハヨン(中央大学校)、イム・ギョンファ(延世大学校)、イム・ジョンミョン(全南大学校)、イム・ジヒョン(西江大学校)、ジョン・ガプセン(ソウル大学校アジア研究所)、ジョン・ミョンヒョク(東国大学校)、ジョン・ミレ(性売買問題解決のための全国連帯)、ジョン・イリョン(西江大学校)、ジョン・スルギ(中央大学校)、ジョン・ヒョンジュ(梨花女子大学校)、ジョン・ヒョンヒ(ソウル大学校)、チ・ナオミ(北海道大学)、チェ・ジョンギル(高麗大学校グローバル日本研究院)、ハン・ボンソク(歴史問題研究所)、ハン・スンミ(延世大学校)、ハン・ヘイン(韓国女性人権振興院)、ホン・スンクォン(東亜大学校)、古橋綾(中央大学校)
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# by anti-phallus | 2015-12-03 10:16 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)

小出裕章『原発と戦争を推し進める愚かな国、日本』

 久しぶりに小出さんの本を読んでいる。2011年にはこの方の活動に精神的にずいぶん助けられた。あの頃の熱気、原発と震災に対して多くの人が不安を抱え、何かしなければならないと感じて立ち上がっていた頃からは、自分も周りもだいぶ変わってしまった。変わりたくなくても次々に、うんざりする事件や暴走する政治に振り回され、そして何よりも忙しい毎日。はっと気づくと2011年はすっかり過去のことになっている。でも震災も原発も何も解決していない。今も問題は続いている。多分何も変わってないのかもしれない。
 こんななか、小出さんは何を書くのだろうと思いながら。
 今年の3月に小出さんは京大原子炉実験所を定年退職したらしい。

 「私はこれまで、私の人生なのだから、私らしく生きたいとずっと思ってきました。ですから、誰かにああしろ、こうしろと命令されて何かをするのではなく、すべて自分で決めてやってきました。ですが、やりたいことはたくさんあっても、全部できるわけではありませんので、その中でも、私がやるべきこと、私にしかできないことを選んでやってきました。残りの人生もそうして生きていこうと思います。
 ただ、人間は生き物ですから、歳をとることから逃れることはできません。いつまでも若いままでバリバリ働き続けられるなんてことは、それこそあり得ないのであって、歳を重ねながら、それを自覚しながら、少しずつ撤退するというのが一番いいのだろうと思っています。その意味で、私がやるべきこと、私にしかできないことを、今後はさらに厳選していこうと思います。」

 こうやって写し取ると何のことない普通の文章なのだけれど、小出さんの言葉であるせいか、やけに重く響く。
 研究者も常に競争にさらされている。小出さんは、アカデミズムの流れに逆らいながら、自分の信念に従って研究を続けてきた人。批判的に原発を研究するということは、政治にも経済にもアカデミズムにも逆らうことで、「変わり者」とささやかれること。何かまっすぐな、自分を支えるものがなければ続かないだろう。
 研究するということは、例え自然科学分野であっても、「社会」というものの広さを理解していないと本当の価値ある何かは生み出せないのではないかという気がする。自分とは立場の異なる人々が存在していて、そういう遠い人々とも共有できる価値を創造していくという姿勢が求められるはずだろう。私も長年?研究に携わっているが、その実感として、自分の利害を超える価値を目的においておかないと、どうも意欲が続かないということがある。きれいごと過ぎるかな?
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# by anti-phallus | 2015-11-30 00:12 | ブックレビュー | Comments(0)

ハーヴェイ『新自由主義』

 以前注目されたデヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』の冒頭は、アメリカの9・11以降のイラク攻撃についての批判的分析で始められています。イラクに対する戦争に、合理的な根拠がないことが分かったときブッシュ大統領は「自由」のために、イラクに自由をもたらすために戦争は正当化されると主張しました。
 そしてブッシュ政権は、イラクの公共企業体の民営化、外国企業が自由に活動する権利、イラクの銀行を外国の管理下におくこと、などの「新自由主義化」を推し進めました。
 今世紀に入って以来、このような世界の動きが繰り返されているように感じます。現在フランスを争点として起こっていることも、同様の構図へと向かっているのではないでしょうか。マスコミで報道されているパリ市民の良心的な行動、怒りの連鎖を批判する声も、このような世界の構造を変えない限り、本当の意味でかなうことはないと思います。

 一方、ハーヴェイも論じていますが、だからといって新自由主義はアメリカという「帝国」が押しつけたとはいえません。イギリスやインド、中国、スウェーデンの新自由主義化をアメリカのせいとは言えません。それぞれの国の国内事情から政策は新自由主義へと転換されていきました。

 日本もそうでしょう。日本も諸外国との関係、国際環境の中で、同時に独自の内的な歴史や事情から新自由主義化を進めています。

 とはいえ、今回のフランスの事件によって世界的な新自由主義化が一層推し進められていくだろうことも予感されます。暴力を生みだした植民地主義に人びとが気づき、暴力の連鎖とそれを利用するひとびとに世界が支配される状況を変えない限り、悪循環は続くのではないかと思われてなりません。
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# by anti-phallus | 2015-11-27 17:04 | ブックレビュー | Comments(0)

「慰安婦」問題文献紹介

  林博史さんという歴史研究者の『日本軍「慰安婦」問題の核心』という本。今年出たものです。 
 長年この問題に取り組んでこられている方で、現在の状況を踏まえて、90年代以来の研究や政治の変化を分かりやすく解説しています。
 安倍政権の問題、朝日新聞の問題にも触れていて、それらの現象に対して、背景の歴史研究から振り返って批判的に応答しています。是非ご一読を。

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 それにしても、この本では歴史学の研究成果を中心に紹介されていますが、気になるのは「実証史学」批判の問題。90年代に「慰安婦」問題をめぐって実証主義対構築主義というような構図で論争があり、それを受けているのですが、林さんは「批判的な実証主義」の可能性を論じている。歴史学者としてあり得る立場だと思いますが、社会学の研究者としてはどのように考えるべきか悩ましいところ。とくに、実証主義を批判して、「記憶や言説」を重視する立場としては、林さんは名を挙げていないのですがおそらく社会学者、上野千鶴子さんなどが想定されていると思われます。
 本書でも紹介されているように、「慰安婦」問題をはじめとして戦時性暴力の問題について近年歴史学では豊富に成果が生まれている。一方で社会学では、追いついていないように見えます。
 これは何なんだろうか・・。
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# by anti-phallus | 2015-11-18 15:40 | ブックレビュー | Comments(0)

理想のからだ

 ヨガをやってるとインストラクターの方が「理想のからだを目指しましょう」というようなことを言っているのを耳にする。
 改めて考えると、理想のからだって何でしょう。たいていの場合、有名な〇〇さんのスタイル、などが例に挙げられているのですが・・・。しかし、みながそういう誰かのからだを目指してそれに近くなるようにそれぞれのからだを変えていったら怖いことになるのではないでしょうか。どこを見ても同じような体型の人ばかり・・みたいな。

 人間はロボットではないので、それぞれの個性があってあたりまえ。わたしもからだに対して色々思いはありますが、やせようとするにも太ろうとするにもそれにしてもまず大事なのは、自分のからだを愛する、大事にするということではないかと。
 どこをとっても競争の激しい現代社会。とくに女性は顔やからだまで競争の対象になりがち。女を生きるっていうのはけっこうたいへんなことです。
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# by anti-phallus | 2015-11-16 14:17 | つれづれ | Comments(0)

『ナゴヤ・ピース・ストーリーズ』出ました

 ここ数年がかりのお仕事、『ナゴヤ・ピース・ストーリーズ』が出ました。

『ナゴヤ・ピース・ストーリーズ ほんとうの平和を地域から』
     平田雅己・菊地夏野編  出版:風媒社  発行年月:2015.10
         税込価格:¥1,944 (本体:¥1,800)

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 その名の通り、名古屋から平和を考えてみたらこんな風になるかなという本です。わたし自身はあまり「平和」という言葉について真面目に考えることはなく、それよりは「暴力」という言葉から考えていく方に慣れています。でも今回、「平和」という言葉が散りばめられているプロジェクトに参加して、なかなか面白かったです。
 10年ぐらい名古屋にいてそれなりに市民運動界隈にも出入りしていたつもりですが、今回一応編者となって、こんなに大事な活動をしている方がいるんだなと驚くこともありました。平和や戦争といっても人によって色んな切り口があるんだなと。

 かなり、勉強になります。普段平和や戦争というと、最近はすっかり「国家」単位で考えるのがデフォルトになってしまっています。基本、戦争的な事柄は国家を守るため、ということで推奨されますので。(まあそこに「愛する人を守るため」という言い訳もくっついたりしますが、それは場面によって使い分けられています。)でも、この本を読めば、国家以前にまず地域があるし、その前に個人があるんだな、戦争や平和にも、と感じられるはずです。というかそこを感じてほしい。

 わたしの一押しは、「地域」から平和を考える、ということに加えて、普通「平和」にはくっつけられない、セクシュアリティの問題や在日外国人、野宿者運動等々周縁的な課題も含めたことです。名古屋辺りの社会運動に関心のある方にもいいです。
 それから、もちろん「慰安婦」問題が真ん中に来ていること。実は「慰安婦」問題も、平和運動や平和問題が語られるときにこぼれ落とされることがあります。多分、この問題がどんどんタブーになってきているからです。あとは、「(女)性の問題は分からない」という人が多いことなどから。でもわたしは「慰安婦」問題は、平和を考えるときに不可欠と思っています。戦争を深いレベルから考えると、「慰安婦」問題は中核にあるのです。書き出すと長くなるので以下省略。
 そして、出版社は地元の良心的な社会派出版社をあえて選びました。こういう会社が世の中を支えていると思います。こういう出版社を応援してあげてください。
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# by anti-phallus | 2015-11-02 09:58 | ブックレビュー | Comments(0)

フェミニズム理論のネオリベラリズム/ポスト植民地主義批判

 10月に群馬で発表することになりました。その要旨を載せておきます。
他の報告の要旨はこちら

 唯物論研究協会って不勉強にしてよく知らないので、どんな会なのかちょっと楽しみです。
 フレイザーやバトラー、スピヴァクを読んで発表できるというのは幸せですね。


******************
唯物論研究協会テーマ別分科会「文化研究の両義性」
「フェミニズム理論のネオリベラリズム/ポスト植民地主義批判
           ナンシー・フレイザーのフェミニズム批判から」

                                        菊地夏野

1 フェミニズムにおける「文化」とそれ以外のもの

 本報告では、フェミニズムの視点から「文化研究」について考えてみたい。
 フェミニズムの歴史において、「文化」は常にといってよいくらいに中心的な位置を占めていた。近代初期において女性運動の大きな課題となったのは、法的な平等、政治的な平等の達成だった。日本でもまた欧米諸国でも、女性は「遅れてきた市民」と処遇され、そのことの是正が喫緊の目標とされた。この運動は、また大衆的な文化の成長とともに、広く女性の支持も得ていった。しかし一方で、「非文化」的なところでのフェミニズムも常に存在していた。政治や法律などの文化的な面での課題を訴えるに止まらず、労働や資本といったより硬質の問題に対して「女性」の立場から抑圧を批判していく運動や思想も確かにあった。
 むしろフェミニズムはそのように相異なり対立も含む思潮が、「女性」の名の下に渾然一体となって集合して構成されていることが力であり、可能性であろう。そのような混淆の中で、「文化」は常に問題含みの鍵となる言葉だった。
 日本社会でフェミニズムが大きな影響力を持っていた時代、論争されたのも「文化」に対する態度だった。当時のフェミニズムに対する「商業主義」という批判は「文化主義」へと読み替えられ、上野千鶴子は大越愛子らのフェミニストを「文化還元主義」として批判した。今はほとんど顧みられることもないこのフェミニズム内部の論争は、現在の日本社会の状況から振り返ると、一定の意味をもって感じられる。
 さらに、上記の論争のモチーフは、英語圏のフェミニズムにおいてより理論的に精緻な形で再演される。それは、今回取り上げるナンシー・フレイザーとジュディス・バトラーの論争から始められた。フレイザーは、フェミニズムやLGBTらの運動が文化的な面での承認にばかり重点化してしまっていると指摘し、それ以外の分配をめぐる政治の再評価と承認と分配の均衡が必要だと論じた。それに対してバトラーはフレイザーの文化と経済の区分が恣意的であると反論したが、論争はいったんそこで止まっている。
 このように、フェミニズム研究は、文化研究を中心としながらも、常にそれに対する内在的な批判をはらみつつ歴史を織り上げてきた。そのせめぎ合いを考えるとき、これを単なる左翼からの女性運動への批判として整理できるだろうか。できないとしたら何が理由だろうか。「文化」対「それ以外」とされた対立軸は何を隠しているのか。これを明らかにするのが本報告の第1の目標である。


2 ネオリベラリズム下のフェミニズム−−−−批判とオルタナティブ

 バトラーとの論争後20年近くを経て、フレイザーはさらに重い批判をフェミニズムに投げかけている。
 各国の公共セクターは縮小し、格差は拡大しながらもそれらに対する怒りは政治的に結実し難い。差別を前面に掲げる言説が跋扈し、オルタナティブを構想すること自体が力を奪われ、まるで全てのものが資本のためにこぞって自発的に動員されていくかのようである。
 フレイザーはこのような新自由主義的変化を嘆くだけでなく、この事態にまさにフェミニズム自身が手を貸してしまったのではないかと問う。フェミニズムはその革新力を失い、逆に体制の構築に加担したというのである。
 もしその批判が正しいとしたら、それはこれまでフェミニズム内で展開されてきた論争とどう関わっているのか。フレイザーのバトラーへの批判は、この事態を予見していて、バトラーの限界が露呈していたといえるのだろうか。
 ネオリベラリズム下で女性にとっての国家と資本のありようは変更され、その結果ジェンダー/セクシュアリティ秩序の再編がなされた。フレイザーやバトラーはこの再編をどのように認識しているか、ポストフェミニズムの議論を参照しながら整理する。
 また、フレイザーやバトラーとは少し違う位相からフェミニズムの抑圧性を批判してきたのがガヤトリ・C・スピヴァクである。スピヴァクの植民地主義批判からのフェミニズム観は、文学教育の可能性を展望する現在の立場のなかにどのように位置づいているのか。
 本報告では第2の目的として、これらフェミニストの現在の議論をネオリベラリズム批判の観点から読み直したい。そして何らかの形で引き出し得る示唆を明らかにしたい。
 分科会のテーマに立ち返っていうと、資本の抑圧を明示しながらも文化を記述するための方法、さらには文化の内部に潜む資本の暴力の跡を直視しながら、同時に抵抗を生み出す文化の可能性をも記述する方法を、フェミニズムの立場から探ることを試みたい。

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# by anti-phallus | 2015-09-16 16:19 | イベントの案内 | Comments(0)

論文公開

 名古屋は雨続きでうっとうしい天気です。最近家事にはまっているので洗濯物が干しにくくて悲しいです。
 さて先日書いた論文が大学紀要に掲載されました。

「セックス・ワーク概念の理論的射程-フェミニズム理論における売買春と家事労働」

というものです。上記リンクから本文をダウンロードできますので、ご関心のある方に読んでいただければ幸いです。
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# by anti-phallus | 2015-09-03 13:17 | 仕事 | Comments(0)

食のオルタナティブ

 おもしろい食事スタイルを知ったので紹介します。
 甲田光雄先生というお医者さんの提唱した甲田療法というもので、1日2食、玄米菜食スタイルです。知人から聞いたときは2食で栄養大丈夫なの?とかお腹減るんじゃと思いましたが、やってみたら案外大丈夫です。
 この理論では、朝ご飯は抜いて、昼と夜のみ。食べるのは理想は玄米ご飯と青汁、豆腐が基本。午前中は排泄の時間なので水分を多めにとる。
 わたしは厳密に守ってはいないですが、できるだけ近い内容にして、2食にしてます。体調は大丈夫です。3食食べないとだめ、というのは栄養学の間違ったイデオロギーということです。わたしもずっとだまされていました。甲田療法は哲学があって面白いのです。

 あとは添加物や化学調味料などは極力減らすこと。こちらはとくに多くの人に勧めたい。今売られている食品は野菜も含め薬づけ。農薬や添加物について情報を得れば得る程げんなりする。肉も動物たちはかわいそうなくらい抗生物質や薬を投与されている。
 コンビニで売られているサラダに乗っている卵は、ゆで卵のスライスではなくて、チューブのような製品を切ったものと聞いてショックでした。

 おすすめ本紹介。

安部 司 『食品の裏側 みんな大好きな食品添加物』 東洋経済新報社
甲田光雄・赤池キョウコ 『マンガでわかる「西式甲田療法」―一番わかりやすい実践入門書』 マキノ出版


今の食品は、食べ物というより工業製品。。残念ながら。
無農薬・無添加の自然食品を食べていると、既成のものとの味の違いに驚く。野菜は味がとっても濃い。生き生きして力があります。肉も深いおいしさ、加熱しても損なわれない。惣菜なども雑味がなくて安心のおいしさ。価格が高いと思われがちだけど、それほど高くないものも多いです。いちど地域の自然食品スーパーや宅配業者などをお試しを。

 食に関してもフェミニズムの大事なテーマと思っています。
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# by anti-phallus | 2015-08-29 13:49 | その他 | Comments(0)