菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える

 短文を書かせていただいた本が完成しました。前田さんの編集ですが、前田さんはとにかくすごい仕事量。一貫した立場だし、すごいなあ・・・。
 1080円です。韓国語に訳されるらしい。
 日韓合意で解決したと勘違いされている人も多いので、是非読んでいただきたい。個人的には名字が「菊池」になっていなくて良かった・・・・とホッf0210120_15395029.jpg。よく間違われるのです。


「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える (彩流社ブックレット)

前田 朗 (著)


第I部 日韓合意をどのように受け止めるか
1.責任転嫁を許さない――梁澄子
2.責任と反省なき二重基準で、「私たち」は この過去を終わらせることができるか――西野瑠美子
3.日韓合意に関する法的批判――川上詩朗
4.性奴隷制とは何か――前田 朗
5.安倍晋三と日本軍性奴隷問題――田中利幸
6.フェミニズム倫理学から考える、日韓合意――岡野八代
7.「日韓は合意を白紙化すべき」――吉見義明

第II部 「慰安婦」問題・日韓合意を批判する各界からのメッセージ
野平晋作/申惠丰/阿部浩己/矢野秀喜/土井敏邦/ 木瀬慶子/辛淑玉/小林久公/角田由紀子/崔善愛/ 大森典子/奥本京子/菊地夏野/庵逧由香/安世鴻/ 清末愛砂/乗松聡子/宮西いづみ/高橋哲哉/金富子/ 徐勝/元百合子/坪川宏子/岡本有佳/吉池俊子/方清子
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# by anti-phallus | 2016-04-25 15:40 | 仕事 | Comments(0)

釜山の少女像

 突然ですが、友人が釜山の少女像の写真を送ってくれたのアップします。
 勇ましい感じですね。
 少女像というのは日韓の国際問題になっている、「慰安婦」被害者を祈念するものです。考えれば考えるほど、少女像が外交問題になるということの異常さについて実感してしまいます。なぜそんなに日本政府は恐れるのか。批判に向き合い、謝るべきところは真摯に謝る姿勢こそ尊敬を得られると思う。



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# by anti-phallus | 2016-04-22 16:28 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)

昨夜の地震

 久しぶりの更新になってしまった。締め切りは重なってるし、新年度だしでバタバタもはなはだしい。
 そんななか昨夜の熊本の地震の報道で、なんだかとてもパニックになってしまった。自分でもびっくりしたが、やっぱり311のトラウマまでいかないにしても何か傷が残っているなあと実感。
 震災後の志津川(今は南三陸町になってる)の海辺を車でまわったときの記憶がよみがえる。こんなところまで波が来たのか、と恐怖を感じたあのときの記憶。去年、愛知のある温泉に泊まった時、海辺の宿だったのだが、夜になったら波が怖くて眠れなかった。バカみたいと自分で思いながら。
 海辺で育ったわけではないし、311のときに宮城にもいなかったが、それでも子どもの頃海水浴に行った志津川の海で起きた津波は、なぜか自分自身が体験したことだったかのように思えてしまう。本当の被害に遭われた方には申し訳ないけれども。
 故郷というのはそういうものなのだろうか。311以来、心のどこかにふたをして生きてきているような気がするときがある。そして5年経って、やっと目を向けられるようになってきたような気もする。今後、何ができるのか、また日本がこれからどうなっていくのか本当に分からない。ただ、原発の問題に背中を向けていってはいけないだろうとは思う。こんなに地震の多い国で、一体どうしようというのか。。。これ以上不安と悲しみを増やしてほしくない。
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# by anti-phallus | 2016-04-15 20:58 | つれづれ | Comments(0)

『大地を受け継ぐ』『キャロル』

 最近見た映画のレビューを。
 『大地を受け継ぐ』は福島の被災農家の跡継ぎの男性を主人公としたドキュメンタリー。新聞でいくつか掲載されていたので混んでるかなと心配しながら見に行ったら空いていて悲しかった。このテーマの映画なら大勢が観につめかけるようじゃないとだめなんじゃないか・・・。まあ平日朝だから、と気を取り直して観た。
 思ったよりシンプルな作りだったが、主人公の語り口は圧倒的だった。映画はあっという間に終わった。父親の死、という出来事を受けながら、農業を受け継がざるを得ない彼の思いを、わたしは完全に理解できたとはいえない。私の家はいちおう兼業農家だが両親とも仕事は別なので、わたしにももともと農業という選択肢はなかったが、母からよく聞かされた福島の山の豊かさ、自然とともにする生活は記憶に残っている。宮城(県北)のような広く田んぼが続く風景とは違い、母の実家は福島市内だが山が近く、キノコや山草が食卓に出てくるような生活だったらしい。わたしは東北の「田舎」出身だが、情報やヒト、資源あふれる都会に生まれなくてよかったと思っている。そういう思いが、映画の主人公にもあるのかもしれない。
 豊かな福島の自然が汚されてしまったという思いが辛い。しかもそれを回復しようとするどころか、全国あちこちで再稼働がねらわれている現実。
 主人公の話を聞いている学生から、「自分は東京に住んでいて、東電に電気代を払っている。そういうことを忘れたい、気にしないで生活していたいという思いがある」という発言があった。こういう思いは、今日本の多くの人が持っているものではないかと思った。震災、原発を忘れないと普通に生活していけない、という感じ。本当は被災者ができるだけ生活を安定できるように、原発依存のエネルギー政策から抜けられるように自分も何かしたいという思いは多くの人が持っているのではないかと思う。にもかかわらず、そういう思いを形にできない。政治の行き詰まりと過酷な労働環境。

 去年観た橋口亮輔監督『恋人たち』にも通じる、この絶望的な空気。『恋人たち』はレビュー書けてないけどこの数年間でのわたしのベストシネマになった。

 『大地を受け継ぐ』で最後にかかった曲はあまりに明るくて、本編の雰囲気とは大分違うので「え?」と思ったのだが、無理矢理にでも明るくしないと生きていけない今のわたしたちの気分を象徴的に表しているのか?と勘ぐり。
 できるだけ多くの人に観てもらいたい作品。


 そして『キャロル』はたぶん宣伝しなくても大勢が観ているだろう作品。女優は二人ともうまいし、ストーリーも単純ながらツボを押さえていて良かった。確かに、レズビアンを扱った文学や映画ってなかなかハッピーエンドで終わるものが少ない!という中で、こういう映画は嬉しい。
 原作者のパトリシア・ハイスミスは、あの『太陽がいっぱい』の原作者でもあるんだけど、この『キャロル』は1952年に刊行された当時は架空の作家の名義で発表されたという。ハイスミスのキャリアを考慮して。つまりスキャンダルになるのを避けたということですね。原作の文庫の解説によれば、ハイスミス自身レズビアンだったようだが、そのことで診察も受けていたという。『キャロル』を読むと、女性への愛情がはっきりと描かれているのだが、そのセクシュアリティを隠して、自分の作品をそのまま発表できなかった作者の思いはどんなものだったんだろうかと偲ばれる。
 原作は、テレーズの視点で詳細にふたりの関係が語られるので面白いですよ。
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# by anti-phallus | 2016-03-09 17:07 | シネマレビュー | Comments(0)

論文公開「『女子力』とポストフェミニズム」

 論文公開されました〜ブログでも何度か書いてきた女子力現象についてです。学生と一緒にアンケート調査をしたものをもとにしました。


↓から読めます。

『女子力』とポストフェミニズム ───大学生の「女子力」使用実態アンケート調査から───
『人間文化研究』25号

 アンケート調査の自由回答、非常に面白いです。
 女子力という言葉が無批判に、よいものとして増殖している現状に危機感を感じて行った調査です。まるで女子力は女性の解放の証拠かのようにいわれたりもしていますが、調査の一部を紹介すると、女子力のイメージとしていちばん多かったのは「家事」「服装」「メイク」なんですね。これは旧来の「女らしさ」役割と同じです。

 女子力は、旧来のジェンダー秩序を最新型に再編成したものの主要なボキャブラリーだというのがわたしの主張です。

 こういう主張、あまりまだ出ていないと思いますが、女子力現象に違和感のある人はそんなに少なくないだろうというのも今回の調査で感じたことでした。
 是非ご意見、ご批判お待ちしています。

大学の紀要サイトがメンテ中で不具合がありリンクできないので、仕方なく(汗)各ページの画像ファイルをアップしました。読みにくくてすみませんが、クリックすれば拡大もできるようですのでご利用ください。 →復旧しましたが、もったいないのでとりあえずこのままアップしておきます。

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# by anti-phallus | 2016-03-04 15:39 | 仕事 | Comments(5)

反婚とヘテロセクシズム

 反婚について書きます。
 世の中同性婚に向けていい感じの雰囲気のようです。もちろんそれほど社会的に認められ、日本でも実現!というほどのものではないですが、各地の自治体で同性パートナーシップに関する条例が作られ、「同性でも結婚できていいんじゃない?」というゆるい意識が広がりつつあるのではないでしょうか。

 ただ、わたしは、賛成している人の多くは積極的に絶対同性婚認められるべき!という強い意見というわけではないだろうと思います。多くの人は同性婚そのものというより、同性婚が認められたらLGBTの可視化も進み、平等になるだろうという思いから賛成しているのではないかと。

 確かにそれはそうかもしれない。じっさい、LGBTのメディアでの報道は増えてる(その一方で未だテレビのお笑い番組などではセクシュアル・マイノリティを差別しているのか?というものも多くてうんざり)。また、現実問題として自分の親や親戚に同性パートナーを紹介するとき、同性婚制度が実現していたら言いやすいでしょう。それは大きな効果だと思います。

でも、フェミニズムの視点から見ればこれは非常に苦しい。フェミニズムが長年主張してきた結婚制度の問題があいまいにされてしまいかねないからです。
もちろんフェミニズム的にいって、同性婚がよくないわけではありません。そうではなくて、同性婚の是非という問題の立て方が疑似問題に過ぎないのです。
結婚制度が問題なのは、それが同性愛者を排除しているからではないのです。それが、女性に対する差別を構成しているからであり、ひいては全ての人に対する管理につながっているからなのです。

 結婚制度は、女性を男性中心社会に従属させるための最も重要な装置なのです。多くの女性は、経済的必要から結婚を必要とします。男女の賃金格差を示すデータはたくさん出ていますので調べてもらうとして、女性は年をとればとるほど資本主義市場から安く見られ、排除されていきます。それは無情なほどです。働いている人も、多くの場合職場は女性に優しくないので、辛い労働についていけないひとは「結婚」や「出産」で仕事を辞める方向に流されていきます。わたしは主婦になるという選択を否定しているわけではありません。主婦というライフスタイルはやり方次第では魅力的でしょう。ですが問題は、それがたいていの場合女性に優先してあてがわれているポストだということです。男性も女性も自由に主婦・主夫を選択しやすい社会なら問題は小さいですが現状はそうではない。そして主婦であることの最大の問題は経済的自立がなくなることで、夫の収入に依存する弱さを抱えることになる。DVの温床です。

 女性の資本主義市場での弱さを正当化しているのが結婚制度。「夫に養ってもらっているのだから」というのが女性を解雇したり、女性を低く評価する場合の経営者の言い分。全ての女性が夫に養われているわけではない、という当たり前の事実は経営者にとっては意味がないのです。
 そして、女性自身が、今の日本の雇用システムの中で仕事をもち、家事・子育てをすることの大変さを予測しているので、胸を張って「わたしは定年までばりばり働きます」といえるひとは多くない。わたしの見ている学生の多くも、仕事と家庭の両立の負担を感じています。

 逆にこのような労働のジェンダー不平等のない社会であれば、結婚するひとはがくっと減るでしょう。(子ども、家族の問題は残りますがこれは後日。)そのとき結婚制度の価値は下がっているので、社会の様々な面が変化していると思われます。ジェンダーの意味が大きく変わっているので影響は計り知れない。
 ですが、わたしは結婚制度と資本主義の結びつきは限りなく深いと考えているので、そのような仮定は成り立たないように思う。詳細はマルクス主義フェミニズムのような話になりますので割愛。

 フェミニズムは結婚制度を批判し続けてきたのだけど、この20年くらいの社会の貧困化の中で、結婚制度が生存のための戦略的価値を最大化しているので、結婚制度批判はしにくくなっている。結婚しないで済む人はある意味エリート、ということになってしまっている。お金のある人はひとりで生活しても楽ですが、貧しいと生活資源をシェアしたほうがいいですからね。

それから男性と結婚制度ですが、男性の多くは家事をしてもらいたいというニーズから結婚制度の必要性がある。ですがそのかわり、妻子を養わなければならないという負担が出てくる。わたしはあまり分かるとはいえないのだけど、その負担感はかなり大きいのではないだろうかと思います。この男性の扶養義務は、労働者を企業のいいなりにさせる大きな要素でしょう。

そして男女どちらにしても、「結婚しないと寂しい」という心理的問題が以上の社会経済的な結婚への圧力を総仕上げしているわけです。ですがこれも、結婚制度がそれだけ社会を支配していることの効果であって、結婚が価値を下げれば別様の感じ方になるでしょう。

というような結婚制度の社会経済的分析が、同性婚やパートナーシップの議論には欠如している。みなさん、自分の性的なパートナーを国に認めてもらうなんてどれだけ「わいせつ」なことか、気づいてください!
・・・なので、わたしは同性婚自体には賛成でも反対でもないです。問題はそこではない、という立場です。そういう意味で反婚、です。















 
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# by anti-phallus | 2016-02-23 17:56 | クィア/LGBT | Comments(3)

オール連帯の声明

 連投ですが、オール連帯というところが出した声明は納得がいくものでした。
 また見にくくてすみませんが、お読み下さい。


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# by anti-phallus | 2016-01-08 16:54 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)

日韓合意について

 年末の日韓外相合意について自分の意見を書いておきたいと思います。

 わたしには国民基金(アジア女性基金)の焼き直しにしか見えなかった。悪いことには、被害者への打診等事前の相談が全くなかった点では基金以上に後退している。しかも、被害国全てを対象にするのではなく、韓国のみと交渉している点も後退している。基金の縮小再生産といえようか。

 被害者への相談なしに頭越しに妥結されたという点では、日韓双方で、市民と政府の乖離が拡大しているということだなと思った。もともと、「国家はひとつだ」などと言うことは幻想で、政府と一般の市民の間には大きな溝があるわけですが、いちおう民主主義の鉄則として、政治家は市民を代弁している振りはしようとするのが普通。だが、この件ではもう既にそういう演出すら必要ないとさえ現両政権(とくに韓国政府)は認識しているのだなと。

 韓国のみを対象としていること、またこの合意を機に今後、この件を国際社会等で持ち出さないことを求めていることなどをみると、まるで「手切れ金」「口止め金」のようです。1995年の国民基金自体、被害各国それぞれで様相は違えど多くの矛盾を残している。そのなかでも明確な抗議が続いている韓国のみを相手とするのは、「うるさい被害者の口封じ」のように映る。性暴力事件があったさい、加害者がお金を渡して被害者の口を止めようとしている構図を彷彿とさせる。

 「慰安婦」問題は性差別と植民地主義の絡まった、歴史的国家的な暴力だ。単にお金を使って後は終わりとしようとするのでは、この歴史から何も学べないだろう。なぜこのようなことが起きてしまったのかの解明と、これからそうでない社会をつくっていくための政治・教育・社会あらゆる側面からの措置が必要。

 被害者や支援団体はもう既にこの合意に抗議し、反発している。このような拙速な合意で、何かを解決できると思ったのだろうか?
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# by anti-phallus | 2016-01-08 16:34 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)

wamの声明

 急な日韓会談でますます混迷していますが、wamが提言を発表していますので紹介します。

 ※wamとは、長く「慰安婦」被害者を支援してきた日本の代表的団体のひとつ、vawwnet-japanの流れを継ぐグループです。


**********************************
みなさま

日本の敗戦から70年の年末に、米国の圧力のもとでなされた日韓外相による
突然の政治的妥結。日本軍の「慰安婦」として繰り返し性暴力被害を受けた女性たち
が、自分たち抜きでなされたこんな妥結は受け入れられないと考えるのは当然だ
と思います。そして、「平和の碑」の撤去を条件にするような日本政府の態度に、
私たち誰もが怒り心頭です。
その一方で、「勝利!」と言うメッセージを送ってきた人や、あまり関心がなかった
周囲のひとたちに、どのように説明すればわかってもらえるのか、困惑している方も
いらっしゃるかもしれません。

今後、どのように運動を展開し、被害者が納得できる解決案につなげていくの
かは、これから模索していくことになりますが、日本政府がこれからでもできる、
為すべき行動として、とりいそぎ、wamで案をまとめてみることにしました。
これから先、日本政府の態度や、被害を受けた女性たちの決断などから、
提言も運動方針も変わるかもしれません。しかし、この日韓政府の妥結を聞いて
動き出した台湾政府、そしてマレーシアの与党幹部が、自分の国にも被害者は存在する
と話したとのニュースを見ると、ここからアジア各地の被害者の被害回復に
どうやってつないでいくのかも、真剣に考えなければならないと思っています。

これは、wamだけで考えた素案であって、判断が甘いのではないかというお叱り
を受けるかもしれませんが、議論のきっかけと考えていただき、wamとしても訂正
し、書き換えていく可能性も含めて提案するものです。どうぞお読みいただけ
れば幸いです。
http://wam-peace.org/20151231/

今年は本当に、最後の最後まで大変な年でした。
来年こそ、希望を現実にしていく着実な一歩を感じられる年にしていきたいです。

みなさま、よいお年をお迎えください。

2015年12月31日
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)運営委員一同

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日韓外相の政治的妥結に対するwamからの提言
声明
政治的「妥結」を、真の「解決」につなげよ

 2015年12月28日、ソウルで行なわれた日韓外相会談において「慰安婦」問題を
最終的に解決する合意に至ったと発表された。日韓両政府が合意した内容は、武
力紛争下で甚大な性暴力被害を受けた女性たちに対する被害回復措置としては、
国際的な基準から見ても甚だ不十分である。日本政府は、被害者不在のまま政治
的妥結をつきつけ、苦渋の選択を被害者にせまること自体が暴力的であることを、
「女性のためのアジア平和国民基金」の経緯を通じて学んでいないといわざるを
得ない。
 
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)は、日本軍「慰
安婦」制度の歴史的事実を二度と同じ過ちを繰り返さないために次世代に伝え、
女性に対する暴力のない平和な社会をつくるために活動してきたミュージアムで
ある。一人でも多く存命のうちに、すべての被害者が受け入れられるような被害
回復措置の在り方を、アジア太平洋各地の被害者および被害国の支援団体ととも
に議論し、具体的な提言としてまとめる作業にも関わってきた。高齢になった被
害女性たちが早く安堵したいと思いながら、やむにやまれぬ気持ちで声をあげ続
ける姿を見てきた者にとって、被害者が受け入れられる形で「解決」されること
は、切実な願いだった。だからこそ、被害者不在のままに政治的に「妥結」した
日韓両政府に対して怒りを禁じ得ない。

 一方で、安全保障政策を最重要視する米国の圧力のもと、被害者の声を一言も
聞いていないにもかかわらず、日韓両政府が「最終的かつ不可逆的に合意」する
という愚かな約束をしたことで、韓国政府が日本政府に外交的な交渉をすること
は、極めて難しい状況になった。被害を受けた女性たちが感じている大きな怒り
と失望を、どうにか希望につなげたい。私たちは、日韓政府の政治的「妥結」を、
被害者が受け入れ可能な「解決」につなげる道を、時間がかかっても丁寧に探っ
ていきたいと思う。

 以下は、今般の日韓両国の合意に基づき、日本政府が為すべき、そして現実的
にこれから為し得る措置の提言である。なおこの提言は、被害者の意思を確認し
たものではないため、被害を受けた女性たちの要求はもっと厳しい可能性も、ま
た妥結そのものを拒否する決断もあり得ることを付記しておく。

1、責任の認知
 今回の合意において、日本軍の「慰安婦」にされた女性たちに対して、日本政
府は「責任を痛感している」と、国家の責任を明確に認めたことは率直に評価す
る。遅きに失したとはいえ、これまで使っていた「道義的」「人道的」などとい
う不用意な言葉を使わず、全面的に国の責任を認めたことは、今後の施策を進め
るうえで重要な前提となる。一方で、公共放送をはじめとした報道各社が、今回
の「責任」は「道義的責任を意味する」といった誤った解釈を報道しており、こ
れでは政府の努力はまったく意味をなさない。

提言1:日本政府は、責任に「道義的」といった限定をつける報道に反駁し、そ
れ以上でもそれ以下でもない「責任」を痛感していることを繰り返し表明しなけ
ればならない。

2、謝罪
安倍総理大臣が内閣総理大臣としてお詫びと反省の意を示したことは評価できる。
しかし、安倍総理大臣のお詫びを岸田外相が「代弁」する形で発表され、安倍総
理大臣が朴槿恵大統領に電話でお詫びを伝達するという形式は、被害者が求めて
いた公式謝罪としてはとうてい認められない。国家の人権侵害に対する謝罪のあ
り方として、欧米、例えば米国の日系人強制収容所の被害者への謝罪の形式等と
比較しても、はなはだ不十分である。

提言2:内閣総理大臣のお詫びと反省は、安倍総理大臣から、口頭または文書等
の形式で、被害者に直接伝達されなくてはならない。

3、事実の認知
今回の合意の最大の問題点は、「当時の軍の関与の下」という「河野談話」と同
じ曖昧な表現にとどまったことである。日本軍「慰安婦」制度に関する事実を、
曖昧さのない形で明確に認めることは、被害女性たちが求めてきた被害回復のた
めに不可欠である。すでに公文書等によって十分に明らかにされているように、
日本軍が設置した慰安所は、当時の軍が立案し、組織的に管理、運営した軍の後
方施設だった。また、女性たちの意に反して連行し、強制的な状況のもとで性行
為を強要した日本軍「慰安婦」制度は、女性たちの名誉と尊厳を傷つけただけで
なく、女性の人権を侵害する甚大な犯罪的行為だった。

提言3:どのような行為に責任を痛感し、「お詫びと反省」をしているのかを明
らかにするため、女性たちを意に反して連行した事実を認めた「河野談話」を踏
襲する意志を明確に示すとともに、慰安所設置の主体が日本軍であった事実、お
よびこれらの行為が人権侵害であったことを認めなければならない。

4、韓国が設置する財団への拠出
 韓国政府が設置する財団に日本政府が国庫から拠出するという構想は評価が分
かれている。私たちは、韓国政府が設置することで、財団という形式をとりなが
らも「女性のためのアジア平和国民基金」とは一線を画したこと、また日本政府
が「責任を痛感」したうえで、日本の国庫から拠出されるお金は、日本政府から
の「謝罪の証」であると認められる可能性があると考えている。

提言4:韓国が設置する財団の事業を被害者が受け入れられるようにするために
は、これらのお金が「謝罪(またはお詫び)の証」であることを、拠出の際に日
本政府は明確に示さなければならない。また、「名誉と尊厳の回復、こころの傷
の癒やし」を目的とする財団の運営は、被害者と支援団体の意見を十分に聞いた
うえで実施しなければならない。被害者の傷を癒やす目的で実施する事業である
ことに鑑み、財団の実施する事業について、日本政府は被害者の意思に反する要
求をしてはならない。10億円の税金を活かし、「解決」につなげることは、納税
者に対する日本政府の義務である。

5、平和の碑、記憶の継承について
 今回の政治的妥結で、最も被害者の心を逆なでしたのは、在韓国日本大使館前
の「平和の碑」を撤去するよう求めた日本政府の態度である。被害者の心の傷を
癒やしたいという日本政府の発言が真意であれば、本来、花を手向ける行為こそ
が求められている。「慰安婦」被害者を含む市民によって設置された「平和の碑」
の撤去は、そもそも交渉内容に入れてはならず、「被害者の納得する措置」を求
めてきた韓国政府は、撤去に向けた努力さえすべきではない。

提言5:在韓国日本大使館前の「平和の碑」や、米国等で設置される記念碑は、
武力紛争下の性暴力根絶や、被害者の名誉と尊厳の回復を求めるグローバルな市
民の行動の表れであることを、日韓両政府は認識しなければならない。そして、
日本の負の歴史を次世代に引き継ぐ意思を示すために、日本政府はこれらの碑に
反対する行為は控えなければならない。

6、真相究明と教育、否定への反駁
 真相究明や、教育を通じた歴史の継承について、今回の合意事項ではまったく
触れられなかった。しかし、自分たちと同じような被害が二度と誰にも起きない
ように、歴史の事実を教訓として伝えていくことは、被害者の名誉と尊厳の回復
のために最も重要かつ不可欠な要素である。

提言6:日本政府は、政府保有資料の全面公開、国内外でのさらなる資料調査、
国内外の被害者および関係者へのヒヤリングを含む真相究明、および義務教育課
程の教科書への記述を含む学校及び一般での教育を奨励していかなくてはならな
い。また、歴史の事実や日本の責任を否定する公人の発言には、断固として反駁
しなくてはならない。

7、国連等の国際社会に対する働きかけについて
 「国連など国際社会でたがいに非難、批判することを控える」と両国が表明し
たことは、日韓両国が日本軍「慰安婦」問題を、グローバルな女性の人権課題だ
と認識していないことの表れである。韓国の被害者を含め、日本軍によって重大
な人権侵害を受けた「慰安婦」被害者が被害回復を求めるのは当然の権利であり、
日本政府が真摯な対応をしない限り、国際社会からの要求は継続することを認識
すべきである。とりわけ、国連ユネスコ記憶遺産への日本軍「慰安婦」に関する
記録の登録は、武力紛争下で軍隊から性暴力を受け、生き抜いた女性たちの生の
記録として保護に値するものであり、重要な世界的遺産として、本来であれば日
本政府が自ら推進すべき事業である。

提言7:日本政府は、国連人権機関の勧告を真摯に受け止め、女性の人権の確立、
日本軍「慰安婦」制度の歴史の記憶化に向けた国際社会の取り組みを妨害しては
ならない。
 今回の政治的「妥結」を、最終的な「解決」につなげられるかどうかは、日本
政府のこれからの行動にかかっている。日本軍の「慰安婦」にされたために、戦
後の70年をも過酷な人生を強いられた被害者たちが、最後のひとときを安堵し、
心安らかに過ごせるよう、私たちはどのような努力も惜しまない。そして、この
日韓政府の合意事項の行方を、固唾をのんで見守っているであろうアジア太平洋
各地の被害者に対しても、同様の被害回復措置をとることを求める。

2015年12月31日

アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18 AVACOビル2F
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# by anti-phallus | 2016-01-08 16:15 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)

フェミニズムと美

 またよもやまですが。フェミニズムと美の関係は複雑で、フェミニズムに関心のある人からもそうでないひとからも「女性の美に対するフェミニズムの考え」をなにか固定的な内容として受け止めているように感じることがある。
 まあ代表的には、「フェミニズムは女性に美しさを求める社会を批判するものだから、フェミニストは外見など気にしてはいけない」というイメージ。こういうイメージが強くなると、フェミニストはスカートを否定するとか、美人が嫌いとかいう歪んだフェミニスト像が生まれることになる。また、フェミニズムを支持する立場の人自身がそういうイメージに縛られているように感じることもある。

 わたしにとってのフェミニズムはそういうものではないので、不思議だなといつも感じている。それで思ったのは、わたしの場合フェミニズムに入っていったのは、90年代の華やかだった頃のフェミニズム関連の文献からで、美をテーマにしたものと言えば例えば江原由美子さん編集の「フェミニズムの主張」シリーズ(勁草書房)とかからで、そんななかではミスコンや性の商品化なんかが賛否両方から喧々諤々と論じられていて、でも統一的な結論などは提示されていなかった。だから、そういう風に色んな立場から自由に議論する場がフェミニズムみたいなイメージを持っていたと思う。
 それは単に何でも議論すればいい場、という意味ではなくて、ジェンダーや性に関してはまず言葉にするのがはばかられる社会というものがあって、とくに女性が率直に性について語るのは今でも「恥」や何かのネガティブな評価を受けやすい。美や外見に対する強制力はとても強いものがあって、それを否定するのには勇気が要る。そんななかで、自分個人の感覚も含めて議論しても許される場、というのはたぶんフェミニズム以外にはないのではないだろうか。90年代よりも今はさらにそうだという気がする。

誰もが自分をありのままに認められたいと思っている一方で、そのためには「ああいう顔」「〇〇さんみたいな体」にならないとだめだという圧力も自分の中にある。フェミニズムに関心のある人だってこういう社会的圧力から完全に自由ではない。単に、この美に縛られた社会を否定するのではなく、そういう情けない自分も受け入れながら、本当に自分にとって望ましい美を考え探し続けていく。それをサポートするのがフェミニズムなんじゃないかなと思う今日この頃です。
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# by anti-phallus | 2015-12-23 15:27 | フェミニズム | Comments(0)