菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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アメリカ大統領選についてフェミニストの立場から

アメリカの大統領選について、マスコミはもっぱらトランプ氏についてばかり報じていますが、フェミニズムの視点から見た論評を紹介します。
政治学者のジラー・アイゼンスタインの、the Feminist Wireというサイトへの寄稿です。(元記事はこちら
ヒラリーという女性の権利を主張する政治家の存在にどう対峙すべきか悩ましいフェミニズムの状況が見えてきます。
ちなみにフレイザーも、オバマとヒラリーの対決について、興味深い論評をしています(『正義の秤』第7章など)。
学歴の高いイデオロギー的なフェミニストや若者がオバマを支持したのに対して、学歴や階層の低い地方の女性たちがヒラリーを支持したと。そしてこの分裂を超えてフェミニストの連合を再生させるのが課題だと。

アイゼンスタインにしてもフレイザーにしてもこれだけしっかりした責任あるフェミニストがいるということに感謝の念をもちます。日本でもフェミニズムの視点からこういった言説を出していかないと。

文中に出てくる中絶の問題についてはこちらの記事が参考になります。
中絶の権利がどんどん死文化しつつある状況がわかりますが、日本では刑法堕胎罪にしても母体保護法にしてもなかなか議論にもならないのに中絶天国と言われるような状態。女性の権利を守るというのは本当に難しい。
抄訳ですし、著者の了解は取っていないことをご了承ください。
(特に最後のビヨンセのレモンのところ、訳しにくかったのでカットしてますが、うまく訳せる方いますか?)


++++++++++++++++++++++++++


「わたしたち」はthe WOMAN cardで遊ぶ用意ができた。でも反レイシスムのフェミニストはどうすべきだろうか?

わたしはこれを、大統領選に女性候補者がいるという事実をよろこんでいて、だがこの特定の候補者のフェミニズムの観念が好きではない多くの女性たちのために書く。わたしはまた、バーニーのキャンペーンを含むアクティビストのグループの多くを支持する者として、だがよりラディカルに反レイシストでフェミニストでありたいと欲する者としても書いている。わたしはまた、選挙という舞台が求めるべき民主主義をもたらすとは思えず、だがこの夢ーーー十全に人道的で、自由で、非帝国主義的で、反レイシストでフェミニスト的で、ジェンダーに基づかない世界ーーーのためにできる限りのことをしなければならないと考える人々のためにも書いている。

これは地獄から来た選挙だ!あからさまに人種差別主義で、ヘテロセクシストで、金持ちの頑固者が、合衆国で初めての女性の大統領候補者に狙い撃ちしている。そしてこの初の女性候補者は、大いに大衆的な、最初の白人男性、民主主義的な社会主義者に挑戦を受けている。

ヒラリー・クリントンはエリートでフェミニストの候補者とみられている。そしてバーニー・サンダースは進歩的で平等主義的な候補者とみられているが、彼は人種や性やジェンダーの平等については十分に発言していない。

これら候補者の誰も、十分に反レイシスト・反帝国主義的なフェミニストであるとはいえない。しかし、われわれはどちらか、あるいはこのぬかるみのなかにいることを選ぶよういわれている。ヒラリーは女性の「権利」は彼女のメッセージの核心だと考えているが、「権利」の言説は部分的で、帝国主義的で人種化されたままである。

女性の「権利」は十分ではない。女性は例えば中絶のような何かへの権利を持ちうるが、それを獲得するためのアクセスをもっていない。人は中絶への法的権利を持ちうるが、医学校がもう中絶の方法を教えていないなら、彼女はアクセスできないだろう。もしTRAP法が続けば、中絶のできる病院は中絶の権利を無意味なものと考えて閉鎖し続けるだろう。

ヒラリーの女性の権利のアジェンダは女性を男性と同等とみなしている。だがこれは、2016年においては問題がある。彼女はここでどの女性のことを考えているのか?我々すべてのことを考えているだろうか?そして私たちはどのような男性と同等であるべきなのだろうか?

わたしたちはいつもヒラリーがミソジニストに笑い者にされないようにするだろうが、それはわたしたちの多くにとってあまりに特権化されたフェミニズムを支持することとは異なる。バーニーは経済の不平等に完全に焦点化しており、残りはあとからついてくるだろうと考えている。だがはっきりとした反レイシストでフェミニスト的なアジェンダが自然と進展するだろうと信じるのは難しい。

反レイシストで反軍事主義者のフェミニストは、帝国主義やレイシズム、女性嫌悪、そしてヘテロセクシズムの深く結びついたシステムについてもっと聞く必要がある。ヒラリー、わたしたちは単にガラスの天井を割るだけではなく、すべての女性を地下室から解放し、そして地下室を壊す政策を求めている。そしてバーニー、わたしたちは女性、とくに有色女性が貧困層の中でも最下層であることの承認と救済を求めている。

反レイシストで反帝国主義的フェミニストは、人種とジェンダーの抑圧のつながりと重なりを考察しなければならない。白人の特権は、白人女性の生を強調し、他のすべての肌の色の女性たちを抹消する。ヒラリーとバーニーは白人とこの白人支配に苦しんでいるそれ以外の人々のあいだの特徴と差異を明確にし、救済策を探る必要がある。

そのような反レイシストのフェミニズムは、より包括的でラディカルな民主的実践を進める。思考を明確にしていくとより一層、それは包括的になっていく。普遍的になると包括的になるというよりは。誰も明確化から除外はされない。だから誰も排除されない。もし政策が妊娠中の女性に中絶によって妊娠を終わらせることを許すなら、誰もこの選択から排除されない。誰もそれを選ぶ必要はないが、その選択はまだ残っている。そして今日男性は選択肢を必要としないが、選択肢を持つ女性は彼を排除しない。その逆は真実ではない。

反動的な、リベラルな、あるいは単に沈黙させられたフェミニズムを超えて考えよう。

ネオリベラルフェミニズムと超軍事主義的フェミニズムを超えて考えよう。選択の法的支えに焦点化することで権力と特権の現存する構造を特権化する「権利」で定義されるフェミニズムを超えて。

そしてわたしたちは「フェミニスト」の選挙言説の討議とディスカッションをさらに開きたい。トランプのミソジニーでもヒラリーの(暗黙の)白人主義的ネオリベラルフェミニズムでも、バーニーの語られないフェミニズムも十分ではない。私たちは他の方法、第三の方法、いわゆる、私たちの望んでいる新しい人種とジェンダーの正義について考える方法が欲しい。

反レイシストで反帝国主義のフェミニストとしてわたしたちは、次のことに責任を持っている。賃金の平等、リプロダクティブ・ライツとその権利を行使できるアクセス、15ドルの最低賃金、有給の家族休暇、LGBTQの公正、すべての人のヘルスケア、すべての人が受けられる大学教育、気候変化との闘い、公平な移民と難民政策、人種の正義、警官の暴力と大量監禁の終了、先住民の権利、そしてどんな犠牲を払っても戦争を避けること。

わたしたちはビヨンセのフレーズに感謝する。
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# by anti-phallus | 2016-05-31 17:24 | フェミニズム | Comments(0)

安世鴻さん 裁判勝訴の報告会

この度下記のような報告会を催します。
どうぞご参加いただければ幸いです。

+++++++++
ニコン「慰安婦」写真展なぜ中止に?
安世鴻(あんせほん)さん 裁判勝訴の報告会

2016年6月4日(土)午後1時30分〜4時

名古屋YWCA 4階405号室
http://www.nagoya-ywca.or.jp/mapfiles/ywcamap.html

参加費 500円

安世鴻さんは中国や東南アジアに置き去りにされた「慰安婦」被害者のハルモニ
を訪ねて写真を撮り続けていらっしゃいます。
その写真展をめぐってニコンが一方的に会場使用の中止を求めてきました。
安さんは東京地裁に訴え、仮処分が認められ、2012年6月に新宿ニコンサロンで
7900人の入場者を迎え開催できました。ところが会場でニコンから異様な警備の妨害を
受けたため、不当な中止とともに同地裁に提訴し、国内外に反響を巻き起こしました。
その後2015年12月に勝訴が確定しました。
ニコンの行動は「慰安婦」表現活動に対する脅し、圧力だったのではないでしょうか。
また、昨年末の日韓合意が報じられて以来、「慰安婦」問題はますます
混沌としています。

安さんからお話を伺い、ご一緒に考えてみませんか。


主催 旧日本軍による性的被害女性を支える会


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# by anti-phallus | 2016-05-13 16:14 | イベントの案内 | Comments(0)

最近読んだ小説のことなど

 鬱々として追いまくられる(こういう書き方するとよほど暗いひとと思われるからやめなさいと言われたので削除)日々の中、なんとか生き延びていけているのはひとつには小説のおかげ。小説というものがあって、またそれを読める環境があってほんとによかった。

 わたしは漫画や音楽も好き、映画も好きですがそれらは楽しめる条件みたいなものがあって、ある時期には触れられなくなったりする。だけど小説はいつでも読んできた、と思う。比較的安くて、持ち運びしやすくて、体にも負担が少なくて、時間も自由にできて場所も選ばず・・・という様々な条件。
 というわけで最近読んでいたのはひとつには津村記久子という作家。このひと、結構前からよく知られている人みたいで、たまたま読むことになったのだけど面白くて大体全部読んだかな。でも当たり外れも大きい感じで、個性的なひとです。面白いのは「お仕事小説」とかいわれているらしいが、OLやサラリーマンが主人公の、仕事や日々のあれこれをだらだらっと綴った系統でしょう。瑣末なことが神経症的なまでに語られるのだけど、これって私たちの日常そのものだな、となんで今までこういう小説ってなかったんだろうと、確かに新しいジャンルの発見的な喜びがある。

 ただ、1点だけこの人の作風に違和感を感じたのは、たまに出てくる「救いたい欲求」みたいなもの。上記のお仕事系にはあまり出ていないのだけど、リーマンやOLではない若い世代を主人公にした系統のものにあります。毎日いろいろある中で、主人公が友人や誰かの問題を解決する、ということで終わる作品が何個かあるのだけど、少々それには乗れなかった。女が女を救ったり男が男を救ったりもあるのだけど、範型にあるのは男が女を救うヘテロセクシュアルなロマンであるようにも読めるのも悲しい。女性作家がヘテロセクシュアル・ロマンを描くということの意味を考える。

 救いたい願望は誰にでもある。救うというのは確かに絶対的な良いことではある。でも長年生きてくると、その願望の裏には権力への志向もあるよな、とも思わざるをえない。わたしが小説で読みたいのは、その両面を含めた世界なんだろうなと思う。
 まあそういうことを思わせてくれたことも含めてこのひとは嫌いじゃないし、新作が出たら読みたくなると思う。

 で、ツムラはだいたい読み尽くしたので本棚で眠っていたレイモンド・カーヴァーを読む。村上春樹が翻訳、編集したという。春樹にはわたしは微妙な感情を持っているので、まゆつば物で読み始めたけど、なかほどでギブアップ。やっぱりカーヴァーにしても春樹にしても良い作家だよね、と。男性の悲しみ、女性のむなしさをあるぎりぎりのところまで見つめているような。

 そして最近考えたのは、どの小説にしても、それが書かれた時代、場所にどっぷり埋め込まれているな、ということ。ツムラなどは典型だけど、今の日本じゃないとこれはありえない。カーヴァーも、この時代の他のアメリカの作家にも共通する、軽くてソリッドな世界の中で立ち尽くし、たまに立てなくなる瞬間のことを書き続けているようなところを感じる。それでもこのひとびとは立とうとし続けるし、誰かが誰かを救うことはできないのだけど、ほんの些細な小さいことを提供して、それで肩を抱き合っている。知らないもの同士が。そんな世界の悲しさと素敵さが描かれている。
 アメリカは国家としては強大で、ある場面では暴力的になるけれど、こういう作家がいるということはなんともいえない。
 小説が書かれるというのはたいていはごく個人的な欲求から始まるのだろうけど、それが最終的には作家を取り巻いているものの表現に終わっていくというのは不思議な感じ。私たちってどこまで埋め込まれてしまっているのか。。埋め込まれたくないという思いで人は書き出すのだろうに。
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# by anti-phallus | 2016-04-30 13:47 | つれづれ | Comments(0)

「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える

 短文を書かせていただいた本が完成しました。前田さんの編集ですが、前田さんはとにかくすごい仕事量。一貫した立場だし、すごいなあ・・・。
 1080円です。韓国語に訳されるらしい。
 日韓合意で解決したと勘違いされている人も多いので、是非読んでいただきたい。個人的には名字が「菊池」になっていなくて良かった・・・・とホッf0210120_15395029.jpg。よく間違われるのです。


「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える (彩流社ブックレット)

前田 朗 (著)


第I部 日韓合意をどのように受け止めるか
1.責任転嫁を許さない――梁澄子
2.責任と反省なき二重基準で、「私たち」は この過去を終わらせることができるか――西野瑠美子
3.日韓合意に関する法的批判――川上詩朗
4.性奴隷制とは何か――前田 朗
5.安倍晋三と日本軍性奴隷問題――田中利幸
6.フェミニズム倫理学から考える、日韓合意――岡野八代
7.「日韓は合意を白紙化すべき」――吉見義明

第II部 「慰安婦」問題・日韓合意を批判する各界からのメッセージ
野平晋作/申惠丰/阿部浩己/矢野秀喜/土井敏邦/ 木瀬慶子/辛淑玉/小林久公/角田由紀子/崔善愛/ 大森典子/奥本京子/菊地夏野/庵逧由香/安世鴻/ 清末愛砂/乗松聡子/宮西いづみ/高橋哲哉/金富子/ 徐勝/元百合子/坪川宏子/岡本有佳/吉池俊子/方清子
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# by anti-phallus | 2016-04-25 15:40 | 仕事 | Comments(0)

釜山の少女像

 突然ですが、友人が釜山の少女像の写真を送ってくれたのアップします。
 勇ましい感じですね。
 少女像というのは日韓の国際問題になっている、「慰安婦」被害者を祈念するものです。考えれば考えるほど、少女像が外交問題になるということの異常さについて実感してしまいます。なぜそんなに日本政府は恐れるのか。批判に向き合い、謝るべきところは真摯に謝る姿勢こそ尊敬を得られると思う。



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# by anti-phallus | 2016-04-22 16:28 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)

昨夜の地震

 久しぶりの更新になってしまった。締め切りは重なってるし、新年度だしでバタバタもはなはだしい。
 そんななか昨夜の熊本の地震の報道で、なんだかとてもパニックになってしまった。自分でもびっくりしたが、やっぱり311のトラウマまでいかないにしても何か傷が残っているなあと実感。
 震災後の志津川(今は南三陸町になってる)の海辺を車でまわったときの記憶がよみがえる。こんなところまで波が来たのか、と恐怖を感じたあのときの記憶。去年、愛知のある温泉に泊まった時、海辺の宿だったのだが、夜になったら波が怖くて眠れなかった。バカみたいと自分で思いながら。
 海辺で育ったわけではないし、311のときに宮城にもいなかったが、それでも子どもの頃海水浴に行った志津川の海で起きた津波は、なぜか自分自身が体験したことだったかのように思えてしまう。本当の被害に遭われた方には申し訳ないけれども。
 故郷というのはそういうものなのだろうか。311以来、心のどこかにふたをして生きてきているような気がするときがある。そして5年経って、やっと目を向けられるようになってきたような気もする。今後、何ができるのか、また日本がこれからどうなっていくのか本当に分からない。ただ、原発の問題に背中を向けていってはいけないだろうとは思う。こんなに地震の多い国で、一体どうしようというのか。。。これ以上不安と悲しみを増やしてほしくない。
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# by anti-phallus | 2016-04-15 20:58 | つれづれ | Comments(0)

『大地を受け継ぐ』『キャロル』

 最近見た映画のレビューを。
 『大地を受け継ぐ』は福島の被災農家の跡継ぎの男性を主人公としたドキュメンタリー。新聞でいくつか掲載されていたので混んでるかなと心配しながら見に行ったら空いていて悲しかった。このテーマの映画なら大勢が観につめかけるようじゃないとだめなんじゃないか・・・。まあ平日朝だから、と気を取り直して観た。
 思ったよりシンプルな作りだったが、主人公の語り口は圧倒的だった。映画はあっという間に終わった。父親の死、という出来事を受けながら、農業を受け継がざるを得ない彼の思いを、わたしは完全に理解できたとはいえない。私の家はいちおう兼業農家だが両親とも仕事は別なので、わたしにももともと農業という選択肢はなかったが、母からよく聞かされた福島の山の豊かさ、自然とともにする生活は記憶に残っている。宮城(県北)のような広く田んぼが続く風景とは違い、母の実家は福島市内だが山が近く、キノコや山草が食卓に出てくるような生活だったらしい。わたしは東北の「田舎」出身だが、情報やヒト、資源あふれる都会に生まれなくてよかったと思っている。そういう思いが、映画の主人公にもあるのかもしれない。
 豊かな福島の自然が汚されてしまったという思いが辛い。しかもそれを回復しようとするどころか、全国あちこちで再稼働がねらわれている現実。
 主人公の話を聞いている学生から、「自分は東京に住んでいて、東電に電気代を払っている。そういうことを忘れたい、気にしないで生活していたいという思いがある」という発言があった。こういう思いは、今日本の多くの人が持っているものではないかと思った。震災、原発を忘れないと普通に生活していけない、という感じ。本当は被災者ができるだけ生活を安定できるように、原発依存のエネルギー政策から抜けられるように自分も何かしたいという思いは多くの人が持っているのではないかと思う。にもかかわらず、そういう思いを形にできない。政治の行き詰まりと過酷な労働環境。

 去年観た橋口亮輔監督『恋人たち』にも通じる、この絶望的な空気。『恋人たち』はレビュー書けてないけどこの数年間でのわたしのベストシネマになった。

 『大地を受け継ぐ』で最後にかかった曲はあまりに明るくて、本編の雰囲気とは大分違うので「え?」と思ったのだが、無理矢理にでも明るくしないと生きていけない今のわたしたちの気分を象徴的に表しているのか?と勘ぐり。
 できるだけ多くの人に観てもらいたい作品。


 そして『キャロル』はたぶん宣伝しなくても大勢が観ているだろう作品。女優は二人ともうまいし、ストーリーも単純ながらツボを押さえていて良かった。確かに、レズビアンを扱った文学や映画ってなかなかハッピーエンドで終わるものが少ない!という中で、こういう映画は嬉しい。
 原作者のパトリシア・ハイスミスは、あの『太陽がいっぱい』の原作者でもあるんだけど、この『キャロル』は1952年に刊行された当時は架空の作家の名義で発表されたという。ハイスミスのキャリアを考慮して。つまりスキャンダルになるのを避けたということですね。原作の文庫の解説によれば、ハイスミス自身レズビアンだったようだが、そのことで診察も受けていたという。『キャロル』を読むと、女性への愛情がはっきりと描かれているのだが、そのセクシュアリティを隠して、自分の作品をそのまま発表できなかった作者の思いはどんなものだったんだろうかと偲ばれる。
 原作は、テレーズの視点で詳細にふたりの関係が語られるので面白いですよ。
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# by anti-phallus | 2016-03-09 17:07 | シネマレビュー | Comments(0)

論文公開「『女子力』とポストフェミニズム」

 論文公開されました〜ブログでも何度か書いてきた女子力現象についてです。学生と一緒にアンケート調査をしたものをもとにしました。


↓から読めます。

『女子力』とポストフェミニズム ───大学生の「女子力」使用実態アンケート調査から───
『人間文化研究』25号

 アンケート調査の自由回答、非常に面白いです。
 女子力という言葉が無批判に、よいものとして増殖している現状に危機感を感じて行った調査です。まるで女子力は女性の解放の証拠かのようにいわれたりもしていますが、調査の一部を紹介すると、女子力のイメージとしていちばん多かったのは「家事」「服装」「メイク」なんですね。これは旧来の「女らしさ」役割と同じです。

 女子力は、旧来のジェンダー秩序を最新型に再編成したものの主要なボキャブラリーだというのがわたしの主張です。

 こういう主張、あまりまだ出ていないと思いますが、女子力現象に違和感のある人はそんなに少なくないだろうというのも今回の調査で感じたことでした。
 是非ご意見、ご批判お待ちしています。

大学の紀要サイトがメンテ中で不具合がありリンクできないので、仕方なく(汗)各ページの画像ファイルをアップしました。読みにくくてすみませんが、クリックすれば拡大もできるようですのでご利用ください。 →復旧しましたが、もったいないのでとりあえずこのままアップしておきます。

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# by anti-phallus | 2016-03-04 15:39 | 仕事 | Comments(5)

反婚とヘテロセクシズム

 反婚について書きます。
 世の中同性婚に向けていい感じの雰囲気のようです。もちろんそれほど社会的に認められ、日本でも実現!というほどのものではないですが、各地の自治体で同性パートナーシップに関する条例が作られ、「同性でも結婚できていいんじゃない?」というゆるい意識が広がりつつあるのではないでしょうか。

 ただ、わたしは、賛成している人の多くは積極的に絶対同性婚認められるべき!という強い意見というわけではないだろうと思います。多くの人は同性婚そのものというより、同性婚が認められたらLGBTの可視化も進み、平等になるだろうという思いから賛成しているのではないかと。

 確かにそれはそうかもしれない。じっさい、LGBTのメディアでの報道は増えてる(その一方で未だテレビのお笑い番組などではセクシュアル・マイノリティを差別しているのか?というものも多くてうんざり)。また、現実問題として自分の親や親戚に同性パートナーを紹介するとき、同性婚制度が実現していたら言いやすいでしょう。それは大きな効果だと思います。

でも、フェミニズムの視点から見ればこれは非常に苦しい。フェミニズムが長年主張してきた結婚制度の問題があいまいにされてしまいかねないからです。
もちろんフェミニズム的にいって、同性婚がよくないわけではありません。そうではなくて、同性婚の是非という問題の立て方が疑似問題に過ぎないのです。
結婚制度が問題なのは、それが同性愛者を排除しているからではないのです。それが、女性に対する差別を構成しているからであり、ひいては全ての人に対する管理につながっているからなのです。

 結婚制度は、女性を男性中心社会に従属させるための最も重要な装置なのです。多くの女性は、経済的必要から結婚を必要とします。男女の賃金格差を示すデータはたくさん出ていますので調べてもらうとして、女性は年をとればとるほど資本主義市場から安く見られ、排除されていきます。それは無情なほどです。働いている人も、多くの場合職場は女性に優しくないので、辛い労働についていけないひとは「結婚」や「出産」で仕事を辞める方向に流されていきます。わたしは主婦になるという選択を否定しているわけではありません。主婦というライフスタイルはやり方次第では魅力的でしょう。ですが問題は、それがたいていの場合女性に優先してあてがわれているポストだということです。男性も女性も自由に主婦・主夫を選択しやすい社会なら問題は小さいですが現状はそうではない。そして主婦であることの最大の問題は経済的自立がなくなることで、夫の収入に依存する弱さを抱えることになる。DVの温床です。

 女性の資本主義市場での弱さを正当化しているのが結婚制度。「夫に養ってもらっているのだから」というのが女性を解雇したり、女性を低く評価する場合の経営者の言い分。全ての女性が夫に養われているわけではない、という当たり前の事実は経営者にとっては意味がないのです。
 そして、女性自身が、今の日本の雇用システムの中で仕事をもち、家事・子育てをすることの大変さを予測しているので、胸を張って「わたしは定年までばりばり働きます」といえるひとは多くない。わたしの見ている学生の多くも、仕事と家庭の両立の負担を感じています。

 逆にこのような労働のジェンダー不平等のない社会であれば、結婚するひとはがくっと減るでしょう。(子ども、家族の問題は残りますがこれは後日。)そのとき結婚制度の価値は下がっているので、社会の様々な面が変化していると思われます。ジェンダーの意味が大きく変わっているので影響は計り知れない。
 ですが、わたしは結婚制度と資本主義の結びつきは限りなく深いと考えているので、そのような仮定は成り立たないように思う。詳細はマルクス主義フェミニズムのような話になりますので割愛。

 フェミニズムは結婚制度を批判し続けてきたのだけど、この20年くらいの社会の貧困化の中で、結婚制度が生存のための戦略的価値を最大化しているので、結婚制度批判はしにくくなっている。結婚しないで済む人はある意味エリート、ということになってしまっている。お金のある人はひとりで生活しても楽ですが、貧しいと生活資源をシェアしたほうがいいですからね。

それから男性と結婚制度ですが、男性の多くは家事をしてもらいたいというニーズから結婚制度の必要性がある。ですがそのかわり、妻子を養わなければならないという負担が出てくる。わたしはあまり分かるとはいえないのだけど、その負担感はかなり大きいのではないだろうかと思います。この男性の扶養義務は、労働者を企業のいいなりにさせる大きな要素でしょう。

そして男女どちらにしても、「結婚しないと寂しい」という心理的問題が以上の社会経済的な結婚への圧力を総仕上げしているわけです。ですがこれも、結婚制度がそれだけ社会を支配していることの効果であって、結婚が価値を下げれば別様の感じ方になるでしょう。

というような結婚制度の社会経済的分析が、同性婚やパートナーシップの議論には欠如している。みなさん、自分の性的なパートナーを国に認めてもらうなんてどれだけ「わいせつ」なことか、気づいてください!
・・・なので、わたしは同性婚自体には賛成でも反対でもないです。問題はそこではない、という立場です。そういう意味で反婚、です。















 
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# by anti-phallus | 2016-02-23 17:56 | クィア/LGBT | Comments(3)

オール連帯の声明

 連投ですが、オール連帯というところが出した声明は納得がいくものでした。
 また見にくくてすみませんが、お読み下さい。


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# by anti-phallus | 2016-01-08 16:54 | 日本軍「慰安婦」問題 | Comments(0)