菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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N・フレイザー/A・ディビス他「リーン・インを超えて:99%のフェミニズムと3月8日の力強い国際的ストライキのために」

ナンシー・フレイザーやアンジェラ・デイビスが名を連ねている、3月8日のウィメンズ・マーチへの呼びかけ文を訳しました。フレイザーはこのブログで何度も紹介していますが、アンジェラ・デイビスは日本語でも訳されているのでご存知の方もいると思いますが黒人差別やアメリカの戦争に対して長く闘っているフェミニスト活動家、研究者です。






この呼びかけ文の核心は「リーン・イン」フェミニズムを批判し、そうではない「99%のひとびとのフェミニズム」を作ろう、としているところ。「リーン・イン」とはFacebookの最高執行責任者の女性(シェリル・サンドバーグ)が書いた本のタイトルで、「一歩踏み出す」というような意味らしいですが、フレイザーが批判する「進歩的なネオリベラリズム」のフェミニズム版のひとつを示しているといっていいでしょう。日本でも報道された、1月21日のウィメンズ・マーチは、女性からのトランプへの異議申し立てとして認知されていますが、フェミニズム内部からこういう批判もあるという点は大事です。

日本でも、前エントリの上野さんの記事をめぐる批判・論争のように、フェミニズム内部では常に互いへの批判があります。フェミニズムに好意を持たない人々からは、「また女の喧嘩か」という嫌味が投げられるでしょうが、そうではなく、フェミニズムは常にこのように異なる意見を開示し、交わし、そのことによって他の人々へも呼びかけ、内容を更新していくような思想と運動なのです。そしてそのなかで、誰の発言が一番エライ、ということはないと私は思っています。誰もがそれぞれの思いや立場からものを言っていいのです。

また、上野記事をめぐる論争を、この「リーン・イン」フェミニズム批判と絡めて考えるとどうなるでしょうか・・・。どちらにしてもアメリカでも日本でもフェミニズムをめぐる状況が混沌としている、ということだと思います。ある意味日本では、安倍政権こそが「進歩的・ネオリベラル・フェミニズム」であるかのように見えてくるときさえあります。女性活躍推進政策を考えてみてください。こういったフェミニズムもどきに対して、日本のフェミニズムからの批判が少なすぎるというのが最大の問題です。(ちゃんと論じようと思っているのですがなかなか・・・・。)

東京でもウィメンズ・マーチが準備されています。安倍政権やトランプなどなど、暗いことばかりですが、何か少しでも変化のための自分なりの行動ができるといいですね。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「リーン・イン」を超えて:99%のフェミニズムと3月8日の力強い国際的ストライキのために



アンジェラ・ディビス, Barbara Ransby, Cinzia Arruzza, Keeanga-Yamahtta Taylor, リンダ・マーティン・オルコフ, ナンシー・フレイザー, Rasmea Yousef Odeh and Tithi Bhattacharya

February 3, 2017


1月21日の巨大なウィメンズ・マーチは力強いフェミニストの闘いの新しい波の始まりを印付けるかもしれない。だがその焦点は正確には何だろうか?わたしたちの視点ではトランプと彼の攻撃的なまでに女性嫌悪的でホモフォビック〔同性愛嫌悪的〕、トランス嫌悪的、人種差別的政策に反対するだけでは十分ではない。わたしたちは、社会的支援や労働者の権利に対する新自由主義的な継続的攻撃にもまた標的を向ける必要がある。トランプの露骨な女性嫌悪は1月21日の大規模な応答への直接的な引き金だったが、女性(とすべての働く人々)への攻撃は彼の統治より長く先行している。女性、特に有色の女性や働く女性、失業中あるいは移民女性の生活条件は、経済の金融化と企業のグローバリゼーションのため過去30年にわたって悪化している。「リーン・イン」フェミニズムや他種の企業のフェミニズムは、個人的な自分のプロモーションや出世にアクセスする手段を持たず、その生活条件が社会的再生産を擁護し、公正なリプロダクティブの権利を守り、労働者の権利を保障する政策によってのみ向上されるような大多数の私たちマジョリティの役には立っていない。女性の動員の新しい波はこれらすべての関心に正面から向き合わなければならない。それは99%の人々にとってのフェミニズムでなければならない。

わたしたちが求める種類のフェミニズムは地球を横断する闘いの中ですでに国際的に出現している。ポーランドの中絶禁止に反対する女性のストライキからラテンアメリカの男性の暴力に反対する女性のストライキとマーチまで。イタリアの昨年11月の大規模な女性のデモから、韓国とアイルランドのリプロダクティブ・ライツを守る女性の抗議とストライキまで。これらの動きに顕著なのは、そのいくつかが男性の暴力に対する闘いと、労働の不安定化と賃金の不平等への反対を結びつけていることだ。またホモフォビアやトランス嫌悪、外国人嫌悪的な移民政策への反対をも。ともに、それらは、同時に反レイシストて反帝国主義、反ヘテロセクシスト、反ネオリベラルな、拡張された課題に向かう新しい国際的なフェミニズム運動の先駆けである。

私たちはこの新しい、より広げられたフェミニズム運動の発展に寄与したい。

第一歩として、わたしたちは、3月8日に男性の暴力に反対しリプロダクティブ・ライツを守る国際的ストライキを築くのを支援することを提案する。このなかで、わたしたちはそのようなストライキを呼びかける30を超える国からのフェミニストグループと合流する。その考えは、トランス女性を含めた女性と、それを支援するすべての人々を国際的な闘いの日に集めるというものだ。ストをし、行進し、道や橋や広場をいっぱいにし、家事労働やケアや性労働をやめ、ボイコットし、女性差別的な政治家や企業の名前を呼び、教育制度の中でもストライキをする日に。これらの行動は、「リーン・イン」フェミニズムが無視する人々のニーズや情熱を可視化するために行われる。公的な労働市場の中の女性、社会的再生産やケアの領域で働く女性、失業中だったり不安定な労働についている女性たちのことだ。

99%の人々のためのフェミニズムを受け入れるために、わたしたちはアルゼンチンのNi Una Menosの連合から示唆を得た。彼女たちが定義するように、女性に対する暴力は、多くの側面を持っている。ドメスティック・バイオレンス以外にも借金や資本主義の財産関係等の市場の暴力、また国家の暴力、レズビアンやトランスやクィアの女性に対する差別的な政策の暴力や移民の運動を犯罪化する国家の暴力、市民の投獄の暴力、中絶禁止と無料の医療と無料の中絶へのアクセスの欠如による女性の身体に対する制度的な暴力。それらの見方を知りわたしたちは、ムスリムや移民女性、有色女性や働いている、あるいは働いていない女性、レズビアン、ジェンダー不一致やトランス女性に対する制度的、政治的、文化的、経済的攻撃に反対する決意を固めた。

1月21日のウイメンズ・マーチはアメリカ合衆国でも新しいフェミニストの運動が出現しているかもしれないことを示した。この瞬間を逃してはいけない。3月8日にはともに、ストをし、歩き、マーチをしデモに参加しよう。この国際的な行動の日を利用して、「リーン・フェミニズム」と手を切り、その場所に99%の人々のためのフェミニズム、草の根の反資本主義のフェミニズム、働く女性やその家族と連帯するフェミニズム、そしてその世界中の連合を築こう。












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by anti-phallus | 2017-02-25 18:20 | フェミニズム | Comments(0)

【補足追加】中日新聞上野千鶴子さんインタビュー記事に思う

 ネット上でまた上野千鶴子さんの発言について話題になっています。わざわざ取り上げるのもどうなのかなと思っていたのですが、議論のテーマ自体は日本における移民問題ということで、重要なものです。このテーマで、フェミニストのスタンスがひとつに代表されてしまったらよくないので、ひっそりと書いておくことにしました。

 発端は、下記の中日新聞の記事です。


 この記事自体、そもそもの趣旨がよく分からず、「建国記念?」「司馬?」「日本人?」それでなんで移民問題?とよく分からないことだらけなのですが、紙面ではもっと説明があったのでしょうか。そしてなぜ上野さん?移民問題についてとくに研究成果のある方ではありません。ちょっとやっつけ感のある記事なのですが、とにかくいろいろ問題があるということで批判がなされ、その中でも下記の移住連さんが公開質問状を出されました。

 もっともな内容で、論旨としては「上野氏の発言が実態に基づいていないこと、そして結果的に排外主義を再生産していること」が指摘されています。
 わたしはこれまで研究テーマの一つとして「ジャパゆき」現象についてわずかではありますが取り組んできて、その中でいろいろなことを発見しました。まず大きいのは、移民あるいは在日外国人について日本社会のマジョリティはあまりに無知であること。まあ無知だからといって責めるつもりはなくて、関連する法制度が複雑すぎることにも問題があります。日本には、法的に正式には「移民」という概念はないのではないでしょうか。移民といって一般的にイメージされるのは、生まれたのとは違う国に住み、働いているひとのことでしょう。ですが日本でそのようなあり方はごく特別な例しか認められていません。

 法律も移民法という名称ではなく、「出入国管理及び難民認定法」という法律です。その名の通り、「管理」するための法律であって、これによって在日外国人は日本にいる資格や期間、条件等々を「管理」されています。欧米各国には移民局と通称されるような国の機関があります(正式名称は様々)が、日本でそれに近いものは「入国管理局」で、「入管」と通称されていますが「移民局」といわれることはない。それは日本の入管法・政策が基本的に管理主義的な発想で作られているためで、「移民の権利」を認めるという発想はほとんどないからです。その体質をはっきり表しているのが、在日韓国・朝鮮人に対する歴史的処遇です。日本政府は彼女・彼らが自身の言語や文化、それに基づいた教育を受ける権利を歴史的に否定・禁止してきています。戦後、在日コリアンの人々はそれに対して闘ってきた歴史があります。現在でも高校授業料無償化からの除外政策や、ヘイト・スピーチなど問題は続いています。

 これは法律だけではなく、日本社会の社会意識としても同様だと思います。グローバル化といわれて何十年経っても、多くの人々は「日本は日本人のもの」という感覚でいるでしょう。飲食店やコンビニなどで日本語を話せない外国人の店員さんに対して、「日本にいるんだから日本語しゃべれよ」という目で見てしまうことは誰しもあるでしょう。そこに、彼女・彼らがどのような思いで日本にいるのか、日本語ができずに苦労しているのではないか、ということまで思いを馳せることは少ないでしょう。

 このような社会の雰囲気は、上野さんの発言、「移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか」という部分や「日本人は多文化共生に耐えられない」という部分に現れています。つまり、「移民イコール治安悪化」という社会に渦巻いている偏見(それこそ「エビデンス」で否定されるのに)であり、「多文化共生は辛いこと」という(こちらはあまり指摘されない表現ですが)マジョリティの意識です。ちなみにわたしは、この発言を読んで、多くの人々にとって多文化共生は辛いことなのか、と逆に気づかされました。多文化共生というと日本と異なる文化に触れて楽しく交流する、というイメージだと思っていたのですが、それを「辛いこと」と感じる人も多いのだなと。ある意味、「日本の本音」みたいなことなのでしょうね。「日本の本音」を代弁しているのが今回の上野さんの記事であり、だからこそいろんな人が注目しているのでしょうか。

 それから、議論が混乱しているのが、移住連の指摘通り、上野さんが否定している「移民政策」とは何なのか、という点ですが、推測するに、安倍政権の考えている外国人労働力導入政策のことかと思われます。これまで何度か報じられていますが例えば下記。



 こういった政府の動きに対して「移民開国」といって危機感を表明してる方が多いようです。ですがこの政策はどうも技能実習生の枠組みを拡大したり特区を利用するらしいということと、開放する分野は農業・介護・家事などに限定していることから考えて、「移民開国」と言えるようなものではないように思います。既に戦後これまで日本は、大量の外国人労働者を迎えています。特に70年代後半から80年代のバブル期、製造業と性産業を中心に、外国人労働者がいなければ成り立たなかったような状況でした。この時期に多かったのは東南アジアからの人々。当時について以前聞いた当事者からは、「いわゆる不法滞在していても警察は全然黙認」だったそうです。それが90年代の不景気に入ると、途端に取り締まりも厳しくなりました。

 つまり日本の入管政策は、日本経済の都合だけで外国人労働力を入れたり出したりしようというもので、開国という形をとらなくても実質的に国は開いたり閉じたりしているのです。というかグローバル化じゃなくても、国境を完全に閉じることなんてできないのです。人はいろんな理由で国境をいろんな形で越えるのです。国家はそれを制限し、管理しようとします(例えばトランプのように)。今回の安倍の政策もその一環に過ぎません。それに対して「日本は排外的だから開国しない方がいい」と発言することがいったいどんな意味をもつのでしょうか。それはやはり、今までと今の移民あるいは外国籍者の人々が日本で生きてきた、生きている現実を見えにくくしてしまうのではないでしょうか。

 フェミニストとして考えるならば、そのような日本政府の企業中心的外国人管理政策を批判し、日本国籍を持たない女性たちの立場を想像することが大事なのではないでしょうか。私の見てきた限りでは、在日フィリピン人女性のほんとにみなが、夫やお店の客からの暴力、DVに苦しんできています。日本社会の外国人差別と女性差別を真っ向から受けているのです。開国の是非を論じるのではなく、既にある当事者の現実を見据え、彼女・彼らの人権を保障する制度や社会をつくっていくことが求められるはずです。つまり、安倍の政策をどう思うか、という水準(のみ)に乗ってしまってはダメだということですね。基本的な発想のレベルから問題があるので、そうではない法制を根本から主張していかないとダメだ、ということです。実務的な場面で政策の内容について評価する必要はありますが、研究者あるいはフェミニストとして発言できる場合には、現状肯定ではなく、現状を踏まえたより望ましいビジョンを示すことが求められているはずで、そうではないから今回多くの方が批判しているわけですね。

★補足
この論点には非常に深い前提もあって、というのはフェミニズムが移民のようないわゆるジェンダーには直接関連していないとされる問題についてどのように向き合うか、ということです。それについて上野さんは以前から、「フェミニズムはジェンダー(女性)以外の問題には関われない、関わるべきではない」という立場をとることが多い方でした。ただし、それと矛盾する言動もしているので困るのですが。
わたしは、ジェンダーは国籍や民族、人種、階級、身体性など他の社会的カテゴリーと切り離して存在するわけではないので、そのような分離主義的立場は非現実的だと考えています。
この前提にある問題が、今回の論争(?)の根底に横たわっていると思います。このレベルにまで議論を深めることができれば、上野さんの今回の発言も有益な結果を生むことができるのではないでしょうか。

★在日フィリピン人女性のインタビューを用いた拙著論文です。関心のある方、読んでいただけると大変嬉しいです。

「在日フィリピン女性の不可視性」岩崎稔/陳光興/吉見俊哉『カルチュラル・スタディーズで読み解くアジア』 せりか書房  2011年

「国籍法を変えたフィリピン女性たちの身体性―ジェンダー・セクシュアリティとグローバリズム」森千香子/エレン・ルバイ 編 『国境政策のパラドクス』  勁草書房  2014年

★2014年にも上野さんの発言が問題になって、このブログに批判を書いていました。以下です。

























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by anti-phallus | 2017-02-16 17:31 | フェミニズム | Comments(0)