ひさしぶりに超面白い講演会に出てしまった…!!
2月21日に南山大学で行われた、エリック・ファッサンさんの講演。
「ヨーロッパにおけるセクシュアル・デモクラシーと移民——文明の衝突からナショナル・アイデンティティへ」(通訳あり)
講演:エリック・ファッサン(Eric FASSIN)
フランス高等師範学校教授(社会学)
日時:2月21日(火)15時〜17時
会場:南山大学名古屋キャンパス J棟1階Pルーム
主催:南山大学ヨーロッパ研究センター
共催:社会倫理研究所、東海社会学会
主催の友人から聞いていたので期待していったら期待以上に良かったです。
後で聞いたんだけど、実はファッサンさんはジュディス・バトラーを仏語訳した人らしい。
主催関係者はジェンダーやセクシュアリティが専門の人はいないからか、あまりその価値は強調されてなかったけど、これすごいですよね(あくまでミーハー的にですが)。
通訳は菊池恵介さん。的確で分かりやすい通訳でストレスフリーで聞けました。感謝いたします。
ファッサンさんに了解をいただいたので、下に、わたしの取った講演メモを文章化したものを紹介します。是非みなさんと共有したいです。アメリカや、せめてイギリスくらいの情報しか入ってこないけど、それだけじゃだめだなーと痛感しました。世界が開けるような感覚をもったのはひさしぶり。
質疑応答も活発でしたが、わたしの投げた質疑の部分だけ上げておきます。
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●はじめに
日本から見たフランスのイメージは「人権」「革命」の国だろうが、じっさいにはその通りではなく、矛盾を持っている。フランスには、底辺層でのクセノフォビア(外国人嫌悪)および上流層と国家レベルでのクセノフォビアが存在している。この問題を語るときにここでは、文化本質主義に陥るのではなく、政治的側面を重視して、どのような政治が展開されているのか考えたい。
フランスでは第2次大戦後、「人種」という言葉がタブーになった。1950年代からの経済成長の時代、外国人労働者と旧植民地出身者が流入した。二重の移民が存在したのだ。80年代には第2世代が登場し、移民問題が出現する。
●移民政策の歴史
戦後流入した移民は、1970年代に低成長経済に入り、導入に歯止めがかけられた。国境は閉鎖され、労働移民の受け入れは停止した。その結果、移民の定住化が進み、家族の呼び寄せが問題となる。
1980年代からは極右政党が復活し、レイシズムへの回帰が見られるようになった。それに対する批判はふたつの流れがあった。ひとつは多文化主義であり、“SOSラシズム”のように、差異への権利を主張する流れであり、もうひとつは共和主義であり、性別や宗教、出自等の集団の権利を否定する流れであった。これらが極右の人種主義に対して登場した。
●共和主義の登場
しかし1990年代から、共和主義がマイノリティの運動への批判として前景化してきた。1989年、革命200年祭のときに最初のスカーフ論争が起きた。スカーフ問題とは、宗教の問題ではなく、共和主義というナショナル・アイデンティティをおびやかすもの、フランス的ではないものを抑えようという言説とつながっている。フランス的でないものとは、アメリカ的なものであり、アメリカ的なコミュニタリズム、フェミニズムや同性愛に代表されるようなアメリカのアイデンティティ・ポリティクスであるという図式があった。
●2000年代からの変化
2000年代からさらに変化し、PACSやパリテ(議会における男女平等を実現するために政党に候補者の半数を女性にするよう義務づける法律など諸制度)の議論が生まれて法制化された。これらが受け入れられたのは、「平等」を前面に打ち出したからである。マイノリティの権利ではなく、普遍的な権利として受け入れられた。このようにセクシュアリティが議論されることで、テレビやマスコミでマイノリティの可視化が進んだ。
ところが、「セクシュアル・マイノリティ対人種的マイノリティ」と対立的に語られるようになっていった。とくに9.11以降、「われわれ対他者(ムスリム)」という図式が成立し、「文明の衝突」論を借りて「文明のセクシュアルな衝突」が語られるようになった。「民主主義のレベルを測るのは男女関係によってである」と語られるようになった。共和主義者が突然フェミニズムを語るようになったのだ。
●セクシュアル・デモクラシー
そしてこれらが移民政策に投影されるようになった。わたしはこれを「セクシュアル・デモクラシー」と名付けているが、自由・平等という価値をセクシュアリティに拡大していくことを意味している。例えば移民へのシティズンシップ・テスト中で男女平等や同性愛についての質問を入れること。こういった動きは、同性愛者団体にとっては矛盾を含むものだ。ほかにもオランダのシティズンシップ・テストでは、ビデオでムスリムへ女性のノーブラの映像や男性同士が抱擁する映像を見せて反応を見たりする。このようにセクシュアルな価値が道具化され、他者排斥のための論理に使われてしまっている。
ただし、オランダではじっさいに同性愛者の権利が認められているが、フランスでは同性愛よりは男女平等を重視しているという違いはある。例えばサルコジが、「自分は生まれながらにヘテロだ」と発言したことがあるように。
2002年の大統領選では、ルペン対シラクの決選投票が行われ、移民問題が争点になった。移民とセクシュアリティを絡めて排斥が行われる。「移民は女性を尊重しない」から排斥すべきだ、というように。
●最後に
最後に論点を3つにまとめたい。
第1に、これらの反復の中にも重要な点があり、スカーフ論争の論点は変化している。世俗主義という抽象的な原理から、男女平等、セクシュアル・デモクラシーへと変化している。
第2に、80年代のようなあからさまな人種主義的イデオロギーから、構造的レイシズムに変化している。構造的レイシズムとは例えば、大学では人種主義はよくないといいながら、構成員は白人ばかりであるような状況。「女性の権利の尊重」といって人種的マイノリティを疎外していく国家的レイシズムがある。
第3に、セクシュアル・デモクラシーの両義的な性格である。性的な問題が公的に語られるようになったのは大きな前進であるが、同時にそれが道具化されてもいる。しかしわたしは、その二者択一に乗るべきではないと考える。
Q. セクシュアル・デモクラシーという矛盾ある状況に対して、当事者団体、例えばフェミニストや同性愛者の運動はどのように対応しているのか、対立等はないのか。
A. 残念ながら、フェミニストのマジョリティはスカーフ禁止に賛成している。イスラムを批判し、レイシズムともとれる発言をするフェミニストもいた。有名なフェミニストが、レイシストの集会の発起人になった。しかし、一部のフェミニストはこれらの動きを批判し、クリスティーヌ・デルフィーもフェミニズムを口実にするレイシズムを批判している。
売買春問題でもフェミニズムは分裂している。フェミニストのマジョリティは廃止主義である。サルコジの売春禁止法にも賛成したが、その政策が当事者へおよぼす危険性については顧みない。しかし、Femme de Publicなど少数のフェミニストはそれを批判している。
このようにメインストリームのフェミニズムによるレイシズムや売春禁止を批判したものたちの共通点は若い世代のフェミニストである。例えば郊外のアラブ系移民の排斥にフェミニズムがどのように利用されたかという研究や、"Not With Our Name"(our nameというのはフェミニズムのこと)という論集が出されている。
同性愛者の運動については、オランダの同性愛者の運動はセクシュアル・デモクラシーについて明確な態度を取ったが、フランスではとっていない。フランスではあまり同性愛者について触れられていない。
「なぜゲイが保守派に投票するようになったか」という論文があり、ゲイとレイシズムの関係について探った研究がある。今度の選挙では、多くの同性愛者が極右に投票するだろうと予測されている。郊外においていかに同性愛者差別がひどいかという報道や本があふれている。SOSホモフォビアというグループは郊外の移民街で啓発活動を行っているが、ホモフォビアはパリ中心部にも存在している。それを移民にのみ存在するかのようにいうのは間違っている。