菊地夏野のブログ。こけしネコ。


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原発と軍事基地、報道の二重構造

 親とは連絡が取れました。ご心配いただいた方々、本当にありがとうございました。
 登米市は、津波にあった地域と比べると被害は小さく、電気や水道等も復旧してきているそうです。現場で作業にあたっている方々にもお礼を言いたいです。これから徐々に復旧は進むでしょうから、そうであれば希望が持てるのですが、そう思った瞬間に気持ちを暗くするのが福島原発の状況ですね。

 今回強く思ったのは、原発と軍事基地の共通性です。原発も基地も、「日本の国益」とか「日本経済」とか抽象的な大義のために必要とされながら、国家の中枢機能をもつ東京にはおかれず、遠く離れた地方に、具体的な負担は押しつけられる。地元の人々は反対運動をしながらも、振興策によって口を封じ込められ、批判をしにくくなる。
 原発にしても基地にしても、「国家」にしか所有できないもので、それに関する情報や知識を一般市民が十分に得ることは難しい。しかしながら何かあったときにその暴力性の犠牲にあうのは、国の中枢にあるひとびとではなく、一般市民、とくに弱い立場の人々。

 今回の原発事故を、どういったらいいのかまだ分かりません。取り返しのつかないことが起きてしまった、ということしか分かりません。
 原発付近に住んでいて、政府に避難させられた被災者の方々、放射能におびえながら避難できる状況にない被災者の方々、わたしは、そういった立場の方々の、率直な思いをマスコミはもっと取材し、報道するべきだと思います。専門家による「安全神話」を繰り返すのはもうやめてほしいです。特に、福島第一原発近辺に住んでいて避難させられた被災者の存在に、妙にスポットが当てられていないように感じます。
 福島第一原発に関する報道と、被災地の物資不足やライフライン復旧の報道が、別々のものとして切り離されているようです。前者については主に学者や専門家が語り、後者については一般の被災者にスポットが当てられます。ですが、じっさいには、被災者の方々、避難所の方々が抱えている不安の大きな一つに、原発のこと、放射能のことがあるのではないでしょうか。放射能におびえているのは首都圏の市民だけではなく、もっと近くに住んでいる被災者の方々こそ不安を感じているはずです。ですが、被災者の人々、避難所の人々が感じている放射能の不安について、マスコミは妙に回避しているように見えます。
 それは、彼女/彼らの不安や怒りの声こそが、原発の存在を根本から問いただすものであり、日本国家の原発推進政策を大きく揺さぶるものだからなのではないでしょうか。
 
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by anti-phallus | 2011-03-18 22:40 | つれづれ | Comments(7)

今日

 親たちとは相変わらず連絡つかず。普段ならほんとに滅多に電話もかけないで平気でいるのに、今の状況では連絡とれないことがとてもつらい。周りからは「一度連絡ついたなら安心ですね」と言われるけど、当日夜に数分電話がつながっただけでそれ以後のことは何も分からず、安心どころの騒ぎではない。

 先ほど、サブPCのたまったメールを受信していて、3月11日の14時半より前あたりのメールを眺めて泣きそうになった。あれ以来、世界は変わってしまった。この思いは、11日以降いちにちいちにちごとに高まってきている。
 戦後の日本の最大の転換点だ、という思い。明日は今日の延長上にあると思ったのに。
 地域によって、この転換に気づいていない人は多い。だが、そういう人々もおそらくいずれ気づかざるを得ない。日本が、世界が変わったことに。

 しかし、本当に恐ろしいことは、この転換が11日の地震によって初めて起こったのではないということだ。戦後日本は、何十年もかけてこの転換を準備してきた。原発という大きな魔物に水をやり、エサをやり、大きく育ててきたのは私たち自身なのだ。
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by anti-phallus | 2011-03-16 23:18 | つれづれ | Comments(0)

今日の状況と浜岡原発

 被災地の様子が一部少しずつテレビに映し出されるようになった。そして、食料が圧倒的に足らない、水も燃料もない、という実態が伝えられつつある。私の家族との連絡はまだつかない。金曜に一瞬携帯がつながったけど、それ以来不通。
 さらに、追い討ちをかけるように福島原発はどんどん状況が悪くなっている。福島の親戚は被爆してしまった可能性が高い。宮城の家族も可能性あり。
 政府発表と原子力資料情報室等運動系の見解が違いすぎる。資料室の方は、政府の情報開示不足の上で推測できることを発表しているのだけど、どうも事態が、資料室関係者の推測する悪いパターンをなぞっているように見える。
 政府はこれ以上犠牲を出さないために、広く専門家と協議をして、情報を開示してできる限りの措置をとってほしい。中でも、被災者への被曝対策を徹底化すべきだ。濡れマスクだけでも効果があるらしい。マスクが支給できなければ、手持ちの濡れたタオルやハンカチを使うように情報提供するとか。

 また、初日に資料情報室がUSTREAMで言っていたように、静岡の浜岡原発は即刻やめてほしい。東海大地震がもし近く起きて、浜岡原発がどうかなったら、東海だけでなく関東・関西広域に影響が出かねない。日本はこれから1ヶ月、余震の頻発する状況にあるという。浜岡を止めた分の電力不足については、節電・停電のための市民の協力を取り付けるよう努力するほうが、これ以上被害を広げないためには合理的ではないだろうか。

 中部電力に電話した。できれば多くの人が中部電力に呼びかけてほしい。

 【中部電力】052-951-8211(代表)【浜岡原子力発電所】0537-86-3481
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by anti-phallus | 2011-03-14 23:01 | つれづれ | Comments(0)

みなさま

 このブログを見てくれているみなさま、それぞれに大丈夫でしょうか。
 とんでもない事態になってしまい、困惑されている方が多いと思います。
 わたしも被災地に家族/友人/知人がおり、連絡が取れずおろおろするばかりです。

 事態が刻々と変わっています。
 当然のことながら、政府やマスコミが流す情報は「真実」ではありません。
 より事実に近い情報を得るためには、複数のソースを得ることが不可欠です。
 そのなかでお知らせしたいのは、原子力資料情報室の記者会見です。昨夜生中継され、3万人近い方が観たようです。

 中でいわれている、せめて浜岡原発を止めるべきだということ、心から望みます。こんな状況で東海地震の心配までしなければならない、結局東海地震は起こらなかったとしても、その心配をしなければならないだけでもものすごい重荷です。
 テレビは、「悲惨な被災地」の映像を編集する方向にシフトしているように見えます。確かに被災地は悲惨です。当たり前です。ですが、そういう「ストーリー」が延々と流されることで考えなくさせられてしまうことがあります。
 政府は、マスコミは事実を報道/発表しているのか、今必要な情報/行動はなんなのかという疑問や批判を、「分かりやすい悲しいストーリー」は忘却させてしまいます。
 
 こういったブログやネットをチェックしている人は、必ずしもマジョリティではありません。たいていのひとはテレビ、および新聞を観るだけです。
 マスのために流された情報は、曖昧な本質的でないものが多いので、みなさんの周りの方に、それ以外の情報ソースを知らせるのは大切なのではないかと思います。
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by anti-phallus | 2011-03-13 01:06 | つれづれ | Comments(0)

自由の境界線 くびくびと入試問題投稿事件

 昨日のエントリは、入試の件について書きたかったというよりは、同じ京大で起こった別の事件について書こうと思ったのがきっかけだったのです。ツイッター上ではさんざん報じられてますが、union extasyのテント強制撤去未遂の件。(エクスタシーのブログ参照)

 入試問題で過敏になった管理者が、テントが目立つのを忌避したのか、強制撤去しようとしたところ、学生たちが抵抗して、理事と直談判した結果、その位置に在ることを認められた(補足:認めたのは施設管理関係の管理職の方らしい)。

 エクスタシーを支援しているわたしとしても他人事ではなく、固唾をのんでw見守っていたが、とりあえず落ち着いて良かった。まあ5年条項や均等待遇の件自体はちっとも解決してないんだけど、あそこにテントがあって、色んな問題の駆け込み寺みたいになっていて、まあ駆け込み寺といっても逃げこんだひとの問題が自動的に解決されるわけではもちろんなくて、でもとりあえず、社会的な大きな権力に対して抵抗している力が目に見える形で、カフェとしておかれているというのはやはり心強く、ほっとするのであった。

 学生運動がいつまでも(ちょぼちょぼ)残っていて、自由のかけらみたいなものが在るんじゃないかと期待される京大も、法人化以降どんどん変わっていってるなあと実感していたが、全く希望がない訳ではないと思わせてくれた出来事。
 抗議してくれた学生や支援者・組合員たちと、話し合いに出てきた理事の間で、わずかにせよ信頼関係はほんのちょっと構築されたのではないだろうか。この関係性が、これだけに終わらず、5年条項/均等待遇という問題そのものについて解決させる力となればいうことないのだが。

 で、入試の件で過敏になった管理側が、TVにまで映ってしまったエクスタシー(映ったのは立て看)を排除しようとした訳だけど、この一連の流れを考えると、結局は、一旦学生やら教職員やらとして籍を持った者の立場は、そこに入れなかった者の立場と比べると強いといわざるを得ないということなのだろうか。いや比べられないんだけど、抵抗する力というのが、普通は育てられることはなくて、というかむしろ押しつぶされる教育をされていて、京大に来て集団的に育てる機会をやっと与えられる、という感じなんですよね。(集団的に、というのは全員が受けられるという意味ではなくて、孤立無援で闘うのではなく、集団の中で機会を与えられる、という意味)
 京大の「自由の伝統」や今残っているかけらなんかは、入試問題を投稿した受験生が行使できるものとなってこそ、本当は意味があるんだろうなあ。そうでない限り、「自由の伝統」はエリートの特権になっちゃうんだよね。

 このエントリを書き出した当初はこういうことを書きたかったんじゃないんだけど、改めて書き出してみたらこんな風になった。

 もちろんエクスタシーの運動は今までそれなりに長く続けてきた成果として支援を得ているのだし、受験生の件と簡単に比較はできないんだけれど、労働者の権利というのは、その会社に雇われて初めて発生するもので、その影には雇われるに至らない者、労働から排除されている者がいたり、というようなことを考えてしまう。
 何より受験生への仕打ちがひどすぎる。彼への支援の声がもっと報道されるべきですね。くびくびへ向けられている支援が、受験生にかかっていた抑圧にまで届くようになればいいな。
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by anti-phallus | 2011-03-06 00:05 | 非常勤問題 | Comments(0)

入試システム、京大という空間

 ひさびさにエントリ。
 世間は、京大その他の試験問題流出で湧いているようだ。わたしも、正直聞いたときには驚いたし、胸がすくような気持ちになった。
 だって、できますよね。いまどき。試験監督がいたって大勢の受験生がいる中でずーっと一人だけ見張っている訳じゃないんだし。ネットの世界は親切だから、回答してくれる人はいるって思える。運が良ければ見つからないで済むだろうと誰でも思うんじゃないだろうか。
 でも問題が起こらなかったのは、普通の人はばれたときの制裁が怖くてやらないから。わたしだってそうだ。
 受験生は仙台の河合塾予備校に通っていたらしい。それってわたしと同じ・・・汗。どんな人物なのか、彼は何を考えていたのか、彼はこれからどんな人生を歩むのだろうか。すごく興味を覚える。
 日本の受験システムは、競争のための競争であって、秩序に対して、それが秩序であるからというだけで意義を感じられるタイプであれば良いだろうが、少しものを考える人間にとっては空虚であることに気づくのは難しくない。だって、試験問題がいかに早く、正解できるかと言うことと人間の価値は全く関係がないのだから。そんな空虚なシステムだが、社会において序列を作るためには非常に便利。確かに偏差値の高い大学だから良い会社に入れるという時代ではなくなってきたが、世知辛くなっている分だけひとは分かりやすいランキングに飛びつく。

 学歴は、ランキングをつけることが社会を作ることなんだという暗黙のルールの第1のイニシエーションである。

 入試のルールは年々煩雑になっている。試験監督への締め付けは厳しい。受験生より朝早く集められて、「びんぼうゆすりをしないように」「教卓の操作板を誤って触らないように」「マニュアルに書かれていること以外は言わないように」と細かく指示される。
 センター試験のときは2日間、朝から晩まで拘束され、全科目の監督をしなければならない。狭い教室の隅に置かれた小さい椅子に腰掛けるか、受験生の席の間をうろうろ歩くかどちらかしかできない。
 神経を使う、辛い仕事である。最終時間のころにはわたしみたいな軟弱な人間は意識がもうろうとしてくる。だが多くの教員は、受験生はもっと辛いんだからという思いで耐えている。

 つまりは内容の薄い、形式的な作業なのだが、社会がそれに心血を注ぐことを是としているため、みなしかたなく従っているのだといえばうがち過ぎだろうか。

 そんなシステムの裏をかいて、リスクを冒して入学しようとしたのだから、彼は勇気があることは間違いないと思う。

 願わくば、これをきっかけに入試制度の空虚さを見直す方向に教育界、社会が進んでくれればいいんだけど今の空気では無理でしょうね。せめて、彼がほとぼりさめたら、必要以上に傷つくことなく、自分らしく生きていけることを願いたい。
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by anti-phallus | 2011-03-04 23:19 | つれづれ | Comments(0)