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おきく's第3波フェミニズム

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2012年 02月 13日

 どうでもいいことだけど、最近、幸せだなーと思った途端に、「これは幸せなんだ」と自分に強迫的に言い聞かせている自分を発見しておののく、ことがある。

 余り自分の中で、「幸せ」という単語は存在しなかったんだけど、ある友人に、「あんたには幸せになってほしい」と言われたことがあって、それ以来意識してしまっている単語。
 幸せって何なんだろうと考えだしたら恐らく果てのない言葉で、それを考えることを断念するところに初めて社会が成立するようなところがあると思うけど、あらためて、幸せってどういうものなんだろうか。

 幸せっていう状態が、今の日本ではひとつのライフスタイルに体現されていると思われていて、それは正社員で結婚していて子どもがいること。もちろんその子どもは障害がなくって、かわいくって、成績もむっちゃ悪くはないんでしょう、きっと。
 そしてみなが、その狭き門を争って、互いに競争している。・・・のではないだろうか。

 しかし、幸せになるために、競争して勝たなければならない社会というのはおかしいのです。
 幸せとは、競争の結果得られるものではなく、自分の中にあるものです。それを発見するのは自分以外にはいません。でも、それを体感するのはとても難しいことです。生きていること、実はそれ自体が幸せであるための必要条件なんですが、それを感じることを妨げる要素があまりにこの社会では多すぎます。人に、それを感じてはいけないと思わせる装置がたくさん存在しています。
 
 ほんとは、幸せとか不幸とかそういう物差しをもって自分やひとを測ることそれ自体が不毛なんだと思います。その物差しがひとを分断する効果を持っていると思います。
 ある種のひとびとは、幸せを求める人々の心が社会を発展させるというと思います。でも、わたしは、社会の発展よりも、今、ひとりひとりが、そこにある幸せを発見することの方が優先されるべきだと思います。それは、長い目で見れば、ひとびとのつながりを回復する道だと思います。

 というのがわたしの公式見解だけど、なかなかその境地に達せられないのも事実。人間、理想社会には生きていないからね。。






by anti-phallus | 2012-02-13 02:11 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

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